1. B’hoys & G’hals物語とMelville―19世紀ニューヨークにおける階級と文学の関係

B’hoys & G’hals物語とMelville―19世紀ニューヨークにおける階級と文学の関係

辻  祥子

 

アンテベラム期に東部の都市の中でもっとも大きな発展を遂げたニューヨークは、労働者と知識人という二つの階級が、それぞれ独自の文化を持ち対立していた。当時増加の一途をたどる労働者の間では、都市の犯罪や経済格差による悲劇を煽情的に取り上げたセンセーショナル・フィクションが人気を博した。またニューヨークの劇場で上演されるのは、かつては知識人向けのオペラやシェークスピア劇が大半であったが、1830年代後半から労働者向けのメロドラマやミンストレル・ショーがそれに取って代わり、ニューヨークの労働者と知識人の文化的対立は深まっていた。そのことは1849年のアスタープレイス劇場における暴動からも見て取れる。

そこでニューヨークを舞台としたセンセーションナル・フィクションやメロドラマと、ニューヨーク生まれで1847年から50年までマンハッタンに住んでいた作家Herman Melvilleの作品をいくつか取り上げ、双方に描かれる労働者の登場人物を比較したい。

前者で定番なのが、b'hoy、g'halと呼ばれる主にアイルランド系労働者のヒーロー、ヒロインである。代表的な小説としては、George FosterのNew York in Slices (1849)、Ned BuntlineのThe B'hoys of New York (1850)、The G'hals of New York (1850)、George ThompsonのThe Gay Girls of New-York(1853)などがある。また、メロドラマではBenjamin A. BakerのA Glance at New York(1848)が人気を博し、Bowery b'hoyを演じる役者を一目見ようと、劇場には大勢の貧しい観客が詰めかけた。

Melvilleが、こういった労働者向けの作品から強い影響を受け、その様々なモチーフを自作品に取り入れていることは、David S. ReynoldsのBeneath the American Renaissance(1988)の中ですでに指摘されている。Reynoldsによると、Moby-Dick (1851)に登場するニューヨーカーの主人公は、労働者のヒーローb'hoyがモデルになっている。また、Redburn (1850)やWhite Jacket (1850)に描かれる水夫や水兵たちもニューヨークの労働者を彷彿とさせる。Melvilleは、幼いころから父親の破産や死によって貧困生活を余儀なくされ、20歳から5年間、捕鯨船の船員や水兵として働いた。こうした経験から、労働者に対する共感や階級社会に対する反発を心底に宿し、それを作品の随所に反映させていると考えられる。

ところが、上に挙げたMelville作品の主人公は、典型的なb'hoyよりもはるかに複雑な人物で、労働者集団の中に溶け込めない面も持っている。またPierre (1852)では、ニューヨークと思しき都会で若い男女が貧困状態に陥るのだが、彼らの姿も実際の労働者像からは程遠い。

当時、ニューヨークを中心に、独自の国民文学を開花させようとする「若きアメリカ」運動が起こっていた。Melvilleはその運動の担い手として、アメリカにおける民主主義の意味を追究するのだが、もともと裕福な家の出で知識人としての自負もあり、彼の作品は労働者向けのものとは一線を画している。

本発表では、センセーショナル・フィクションやメロドラマに登場する典型的なb'hoy像、g'hal像と、Melvilleの描く人物を比較することで、当時、ニューヨークにおける労働者と知識人との間に生じた社会的緊張関係が文学に与えた影響を考察したいと思う。