1. 4.BiffはなぜBill Oliverの会社が十一階であることを語るのか―Death of a Salesmanにおける身体への「気づき」の感覚

4.BiffはなぜBill Oliverの会社が十一階であることを語るのか―Death of a Salesmanにおける身体への「気づき」の感覚

日比野 啓 成蹊大学

 

放浪生活に終止符を打ち、実家に戻ってきた三十四歳のBiffは、新しい拡販計画を提案するために、髭を剃り青いスーツを着込んで、かつての雇用主Bill Oliverに会いに出かける。六時間待たされたあげく、Oliverが自分をまるで覚えておらず、一瞥をくれただけで歩き去るのを見て、自分がOliverの会社のセールスマンだったという自分で作り上げた嘘を十五年間自分でも信じ込んでいただけで、たんなる発送係でしかなかったことを認識する。そして「どんな感情が自分のところに押し寄せたかわからない」(”I don’t know what came over me”)ままに、Oliverのオフィスに入り込み、彼の万年筆を盗んで外へ駆け出す。弟 Happy にBiffが語って聞かせる、このよく知られたDeath of a Salesman第二幕のエピソードには、まだ(おそらく)誰も納得のいく説明をしていない一つの疑問がある。「Oliverは兄さんを取り押さえたのか」と聞くHappyに対して、Biffは「俺は走り出た。十一階を走り下りた。走って走って走った」(”I ran out. I ran down all eleven flights. I ran and ran and ran.”)と答えるのだが、なぜBiffは十一階であるとわざわざ口に出すのだろう。そして終わり近くで父親Willyと相対するBiffはなぜ、「今日俺は手にペンを持ったまま十一階を駆け下りた」(”I ran down eleven flights with a pen in my hand today.”)と「十一階」であることを再び口に出すのだろう。

リアリズムの戯曲だからなるべく具体的に書いているのだ、という答えは、Oliverの会社についての記述が他にほとんどないことから斥けられる。高校のアメフトチームでクォーターバックだったBiffの身体能力が未だに高いことを観客の無意識に刷り込みたいのだ、という答えは、十一階の高さの説明にはなっても、なぜ十二階や十階ではなかったのか、という説明にはならない。精神的な混乱の最中にあって、Biffは駆け下りながら「一階、二階…」と数えていたからこそ、「十一階」という言葉が出てくるのであり、筋肉をほぼ意識の命令なしに動かしながら、運動する身体に鋭く意識が向かう、あの「気づき」の感覚がこれらの台詞には再現されていると考えるべきなのだ。

そう考えると、「自分たちは十把一絡げだ」(”I’m a dime a dozen, and so are you!”)という例の台詞を含む、BiffがWillyに対して思いの丈をぶつける一連の台詞も別の意味があることがわかってくる。Death of a Salesmanは、こうした「気づき」を通して、BiffやWillyやリンダが抑圧されていた身体感覚を取り戻す過程のドラマでもあることを本発表では明らかにしたい。