1. 1.Mark Twainの見た最後の夢 ― No. 44, The Mysterious Stranger を旅行記の視点から読む

1.Mark Twainの見た最後の夢 ― No. 44, The Mysterious Stranger を旅行記の視点から読む

別所 隆弘 同志社大学(非常勤)

 

本発表はMark Twainの最晩年の作品No. 44, The Mysterious Stranger を、旅行記の文脈から読み直す試みである。No. 44, The Mysterious Stranger は、Twainのフィクション群においても異質な作品だといえる。そもそも生前未発表の遺稿であるのに加え、Twainが何度も書き直しをしたことや 出版までに編集者Albert Bigelow Paineの手が入ったことなどから、いくつかの異なったバージョンがこの作品には残されている。Twainの作品の多くは構成上の欠陥を備えていることがしばしば指摘されるが、PaineがTwainの死後に作品の構成を大きく変えて出版したことからも明らかなように、本作品に至ってはプロットから人物形成に至るまで、殆ど全編が破綻しているといっても過言ではない。そのために作品の研究は数そのものが少ない上に、研究者間で共有される批評的視座も未だ成立していないと言える。本発表はこうした状況にある本作品に対して、旅/旅行記という観点を導入して読解したい。

周知の通りTwainは同時代的にはまず何よりも旅行記作家として名を馳せていた。こうした名声はフィクション作品の性質にも大きな影響を与えている。一方、Twainの旅行記作家としてのアイデンティティは、同時代的には最も広く受け入れられていたにも関わらず、現在は軽視される傾向にある。こうした状況に対して、Lazar ZiffはTwainの旅行記作家としての天分を再評価する必要性を指摘し、Jeffrey Meltonは十九世紀のツアーの大流行という同時代的文化コンテクストの中にTwainを再配置した。本発表はこれら近年の成果を受けて、Twainの旅行記作家としての要素を整理し、本作品にその要素を見いだす試みになる。これまでにも中垣恒太郎や井川眞砂らによって本作品と旅行記との比較がなされたこともあったが、その指摘はあくまでも部分的なものに留まっている。本発表ではこれまでに指摘された部分を視野にいれつつ、本作品全体を旅行記の視点から読む可能性を追求したい。具体的には、構造的、文体的、そしてテーマ的な共通性を指摘することになるだろう。

またこの作品を解釈するにあたって避けて通れない、あの有名な「すべては夢」と語る結末に関する考察も旅行記という視点から行いたい。これまでの批評はこの結末の解釈に多くを費やしてきているが、これまでの解釈においてはTwainの晩年の厭世的世界観/哲学とともに語られることが多かった。そうした批評をふまえた上で、旅行記作家Twainがこの結末の中に描いた最後の「夢」を、旅行記の文脈上に置き直してみたい。