1. 2.「もの」と「自由精神」―The Spoils of Poynton における倫理

2.「もの」と「自由精神」―The Spoils of Poynton における倫理

松浦 恵美 お茶の水女子大学(院)

 

Henry Jamesの後期の始まりの作品として位置づけられるThe Spoils of Poynton (1897) は、その成立状況のため、また中期の社会的主題から離れた高度に心理的な内容のために、ジェイムズのキャリア上重要な作品として捉えられてきた。 The New York Edition の序文において、ジェイムズは主人公 Fleda Vetch を「自由精神の持ち主」と呼び、その想像力と知性の重要性を強調している。この精神性の重視は、晩年の自伝 A Small Boy and Others (1913) における「内的生活」という言葉に結実するものであると考えられる。

その一方で、 Spoils は「もの」にまつわるテクストでもある。雑誌連載時の題名が The Old Things であったことからもうかがい知れるように、このテクストは「もの」を中心として展開し、「もの」によって動かされる人々を描いている。直接的にはポイントン邸に収められる美術品を意味するこの「もの」は、伝統に基づく社会と階級制度を指すと同時に、新しい世紀において投機の対象となる美術品および古い屋敷が持つ経済的価値を意味するものとして考えることができる。このように、「もの」がテクストを稼働させる原動力として存在していることを考えるなら、ジェイムズが言う「自由精神」、そして倫理の捉えかたに、もうひとひねりを加える必要が出てくるかもしれない。つまり、後期のテクストにおける精神性及び「内面生活」を重視する姿勢は、物質的世界の存在がより強固なものとして迫ってきた結果起こったものと考えることができるのではないか、ということだ。

このように考えた上で、本発表では、 Spoils における物質性と精神世界を、互いに影響を与えその在り方に変化を及ぼしながら生成するものであると捉え、ジェイムズ後期における認識論を再考することを試みたい。ポイントン邸の炎上に象徴されるように、初期・中期のテクストにおいて不朽のものとして存在し、19世紀的精神を支えていた伝統と階級は、後期においては崩壊するものとしてある。さらに、「もの」を飲み込もうとする新興ブルジョア階級の示す資本と、そして「意志」の力が、世界を大きく変えようとしている。このように物質的条件の意義が拡大し、従来の意味での独立した精神性を脅かす中で、むしろ両者の垣根が融解し、新たな形での精神の在り方が示されているようにも考えられる。Fledaが担うとされる精神性―特に「自由」をめぐる―は、生存の危機とサヴァイヴァルのための戦いと表裏をなして成り立つものとして考える必要がある。そして、この生存の危機を乗り越えるものとしての精神性という側面もまた、このテクストには描かれているのではないだろうか。このような点に留意し、ジェイムズの言う「自由精神」、そして「内的生活」という言葉を成立させた物質的背景を探る。