1. 3.視覚という贈与―Daisy Millerにおける視覚のエコノミー

3.視覚という贈与―Daisy Millerにおける視覚のエコノミー

加茂 秀隆 國學院大學(非常勤)

 

人間の視覚と認識のあり方に、 Henry James は格別に意識的な小説家であった。「世界へと開かれた窓」という比喩によって視線と認識が語られている The Portrait of a Lady のニューヨーク版の序文、複数の視点人物の導入によりマニエリスム的世界を現出させた The Wings of the Dove 、 A. R. Tintner らの研究によって明らかとなった絵画や写真への James の関心等々が、それを示している。 James 小説においては、あまりにしばしばこれと不可分に描かれるのが、主体の認識とその対象である客体との齟齬である。例えば、 James の幽霊は妄想、つまり錯視なのか、あるいは実在なのかという問いを呼ぶ彼の幽霊譚の捻りそれ自体が、 James の巧みな、視覚に付き纏う齟齬の可能性の隠喩であるように思われる。

この齟齬は James を強く引きつけたがゆえに、彼の他の主要な問題系とも相互に縺れ合って、その文学空間を織り上げているように思われる。この縺れを解きほぐし、その文学空間の探求の一座標となりうる星座の布置を織り上げること、これが本発表の目的である。視覚及びそれに取り憑く齟齬の可能性と関連付けて、本発表で論じられる他の問題とは、視覚と同様に James が幾度も描き続けた贈与である。視覚とそれに纏わり付く齟齬という問題を贈与とそれを範疇に納めるエコノミーと関連付け、これらが織り成す布置を James 作品に時に内在する構造として浮かび上がらせたい。

本発表における主たる読解の対象は、 Daisy Miller である。同小説の最後の件において、 Daisy は愛情に「報いた」 (“reciprocated”)というやや唐突な記述がある。これは贈与を範疇に納める経済的視点の、同小説における暗黙裏の機能を暗示する件であるように思われる。言うまでもなく、同小説は Daisy という若いアメリカ人女性をめぐる新旧大陸間の文化上の齟齬が引き起こす「社会的な動揺」についての物語であり、同小説において、この齟齬は Daisy に対する視線にも表れている。 James 小説にあっては、おそらくは幽霊譚における視線の問題へと発展するであろう、こうした齟齬をめぐる記述が、同小説の最終部において経済的視点を示唆する先の件の直近にも存在している。これは暗示的であるように思われる。つまり、齟齬に到る視線の問題と、時に贈与を核心に展開されるエコノミーのそれとは、 James にあってはやはり時に不可分なのではあるまいか。このエコノミーの問題は、同小説を含めた James の所謂、国際ものに端的に表れている当時の経済情勢をも無視できないはずであるがゆえに、それをも視野に入れて論を発展させることも必然的になるだろう。

こうした問題意識の下で同小説の読解をし、最終的には、 James 作品における齟齬の表れである視覚の構造を、与え且つ奪うという贈与のエコノミーとして解読し、更にはそのエコノミーとの緊張関係の下で成立する危ういバランス・シートの上に同小説が成り立っている様を論じてみたい。