1. 4.ヴェニスという舞台装置 ―The Wings of the Dove を中心に

4.ヴェニスという舞台装置 ―The Wings of the Dove を中心に

堤 千佳子 梅光学院大学

 

Henry James の作品の舞台としてはヨーロッパの都市が取り上げられることが多い。James自身、親の教育方針によって幼少のころからヨーロッパで過ごすことが多く、後年はパリやロンドンでの生活が主となっていた。本発表で取り上げるヴェニスはJamesの関心を大いに引き、ヴェニスに関する紀行文を1872年から1902年にかけて執筆し、他の紀行文と共にそれをまとめたものをItalian Hoursとして1909年に発表したほどである。

Jamesにとってヴェニスとは何を象徴するものであったのか。この都市は主に二つの側面から描かれている。歴史や美術の都市としての側面、もう一つはかつての貿易の拠点であり、金融資本主義の中心地として富や財と密接に結びつき、それを表象する都市としての側面である。The Wings of the Doveにおいては後者の側面が強調されているが、その富が表象するものとして、Veroneseの絵画や宮殿という歴史的に価値あるものに関する記述が含まれる。例えばMilly Thealeの借りたPalazzo Leporelli はJamesと交流のあったアメリカ人であるIsabella Stewart Gardnerが別荘としたPalazzo Barbaroを髣髴とさせる。この邸宅は過去の栄光を表象すると共に、欲望を刺激するものでもある。そしてアメリカ人を含む新たな富裕層によって、その価値が可視化され、換金化され、所有権の移動すら起こるのである。

この作品の展開は、ヴェニス、ロンドン、ニューヨークという金融の中心地としての変遷の歴史とは逆の方向性を示しているのは興味深い。主人公Millyの人生はニューヨークの「あらゆる時代を受け継ぐもの」から、彼女の財産を狙うものたちとのロンドンでの出会いを経て、ヴェニスの「金メッキの貝殻」と描写される豪華な宮殿の中で最後の日々を孤独に暮らす「王女」のイメージへと集約される。ヴェニスを象徴する「翼のあるライオン」は、主要人物の一人であるMrs. Lowderについての記述「ランカスターゲイトの雌ライオン」へと繋がり、彼女は「市場のブリタニア」とも表現される。ニューヨークと密接に結びついているMillyの「途方もない富」は贈与によるもので、喪服によってその富が遺贈によるものであることが指し示されている。またMillyの遺言を伝える手紙はニューヨークからロンドンのDensherに届く。このことも金融の中心地の移動と重なりあう。そして富の入手方法にも交易から、財産目当ての結婚を含めて人間をその道具とみなす取引から、贈与へという変化が見られる。その一方でこの作品はKateとDensherの間にJamesの作品の中でも特にセクシュアリティを感じさせるロマンス的要素が随所に見られる。しかしこのロマンスの中にも取引という経済性が見られる。

本発表では、VeblenのThe Theory of the Leisure Classにおいて提示された顕示的消費文化が台頭する中、モダニティという観点から、主にThe Wings of the Doveにおいて、芸術や歴史と結びつき、人々の欲望を刺激する舞台としてのヴェニスについて検証し、その時代性や都市の扱い方、Jamesの作品における経済性について論考していきたい。