1. 3.Thoreauの “higher laws”―「身体と呼ばれる神殿の建築者」との関連において

3.Thoreauの “higher laws”―「身体と呼ばれる神殿の建築者」との関連において

林 南乃加 九州大学(院)

 

Walden (1854)の“Higher Laws”はThoreauの超絶思想の真髄をなす章である。当時の超絶思想は、ユニテリアン派から発展し、神の汎神論的存在や人間の堕落や原罪の否定を説き、救済は人間の内面において得られるという信仰を基盤とした。超絶思想の代表者R. W. Emersonは、自然の中に普遍的で神聖な霊性を認め、人間の内面を神格化した。この思想は、人間は直観によって真理を悟り、自己をより高い次元へと“transcend”させ、完全な存在になることができるという観念論であった。

1853年3月の日記でThoreauは、アメリカ科学振興協会から最も興味のある科学分野は何かと問われたと記している。日記によるとThoreauに関心があるのは「“the higher law”を扱う科学」であり、Thoreauは自身を“transcendentalist”と呼んでいる。“Higher Laws”で強調されているのは、「より高い原則」に則って生きることの重要さである。しかしこの章では“higher laws”についての明確な言及や定義が見られず、その語が何を意味するのかは明瞭ではない。

この章でThoreauは、旧約聖書における被造物のヒエラルキーの記述を念頭に置いていると思われる。Thoreauは“lower orders of creation”に属する動物に自己を重ね合わせ、他方では“high”なる人間としての“genius”を自己のうちに認める。Thoreauがより高い次元へと自己を高めていくプロセスには、“genius”に基づいて人間の獣的な側面を克服しようとする姿勢が見出される。「人間は誰もが身体と呼ばれる神殿の建築者である」と述べる一節は、聖書やEmersonの言説とも関連が見られるが、Thoreauは自己に内在する“god”を信仰の対象とし、身体と精神の両面において人間を神聖化する独自の哲学に立ち到る。

元来、“higher law”という概念は、「人間の法よりも優位の法」として解釈された旧約聖書におけるモーゼの十戒や、アリストテレスの“natural justice”、キケロの“natural law”に由来する。初期キリスト教の教父たちが説いた「神の法」は“natural law”と同義とされ、その考え方は後世に受け継がれた。聖職者や思想家の間でも「神の法」は永遠で神聖な法として尊重され続けた。この概念はまた、独立革命が起きる以前にアメリカに伝わった。19世紀初期には牧師W. E. Channingが奴隷制は“higher law”に反すると唱えている。このような宗教色の濃い“higher law”の概念は、Thoreauが身体を「神殿」と表現していることとどのように結びつくのだろうか。本発表は、「人間は誰もが身体と呼ばれる神殿の建築者である」という一節に着目し、歴史的文脈を持つ“higher law”をThoreauがいかに独自の人間観に組み込んだのかについて検証する試みである。