1. 4.前景化する他者 ― Ralph Ellison の読むMelville

4.前景化する他者 ― Ralph Ellison の読むMelville

竹内美佳子 慶應義塾大学

 

アメリカ文学と自らの本質的関係を追究する創造意識は、Ralph Ellisonを極めて批評的な作家にした。Ellisonにとって書くことは、時間の堆積する過去と対話しながら、アフリカ系アメリカ人としての複雑な自己と向き合う行為である。評論集Shadow and Act (1964) に記すとおり、アメリカ文学は自身の「声」を見出す原動力であると同時に、そこに構築された現実世界の像に何らかの変奏を加え、新たな意味を引き出してゆく企図へ駆り立てる存在でもあった。

"Benito Cereno" (1855) の一節をエピグラフに掲げる Ellison の長編小説 Invisible Man (1952) が、海豹船内奴隷反乱を描く Melville の小説を底流に意識するのは明白である。 Melville は、船長 Cereno にスペイン王国の末裔としての象徴性を与え、大航海時代に始まる西洋世界のアフリカ収奪を奴隷船の小空間に凝縮した。 Ellison の実験小説は、 Melville の描く南洋の奴隷反乱を、20世紀アメリカにメタフォリカルな手法で据え直し、人種搾取という植民地主義の遺物を風刺することで、現代社会に転覆的な異議申し立てをする。 The Confidence-Man (1857) に Melville が描くミシシッピ川の蒸気船においては、奴隷諸州を深く南下するにつれ、次々に変装して現れる主人公が乗客たちを目くらます。この謎めいたキャラクターの「黒い兄弟」とも称される Invisible Man の Rinehart は、仮装し変容する多面体的人格によって、不断に流動する存在の可能性を暗示する。 Ellison にとり文筆行為そのものが、仮面をつけることと同義であり、想像力の自由によって微小の可能性をも操り、所与の状況を超え出てゆく能動的企てにほかならない。

Invisible Man の名もない主人公は、アメリカ社会の要求する行動規範から本能的に逸脱を繰り返し、揚げ句に地下の洞窟へ転落する。法律文書の筆写を拒む Bartleby の懈怠に読み取った「否」の化身を、 Ellison は新たな笑いに包んで20世紀の社会的文脈に蘇らせた。主人公が無意識の行動に表すイノセントな「否」は、解放奴隷の祖父が黒い「仮面」の奥から発し続けた意識的な「Yes/然り」の謎へと、究極的に反転してゆく。暗黒の地下空間に沈潜して聴く Louis Armstrong のジャズは、その晴朗な声の最深層において、 Moby-Dick (1851) の Ishmael が垣間見た黒人教会を、歴史の亡霊に満ちた呪術的な響きで現出する。

Melville の作品に奴隷解放思想を読み取る批評は、1980年以降本格化するが、 Ellisonは Melville を含むアメリカン・ルネサンスの文学が示す社会意識の真価を、自らの「他者性」という位置取りから1945年に看破した。 "Benito Cereno" を巻頭に引く Invisible Man は、歴史に沈黙させられた「他者」の声を前景化し、文学作品の新たな読みを開示する批評家としての意志表示でもある。魅せられた旋律に変奏を展開し、音楽のもつ意味を発展させるジャズマンの如く Ellison が19世紀文学を読むさまを、 Invisible Man と評論群に考察したい。