1. 4.「もの」と「識別/卓越」─The Spoils of PoyntonにおけるHenry Jamesの文化批評

4.「もの」と「識別/卓越」─The Spoils of PoyntonにおけるHenry Jamesの文化批評

一橋大学 町田 みどり

 

本発表はHenry Jamesの中期に執筆された「作家もの」と呼ばれる短編群を補助線としてThe Spoils of Poynton (1897)を読解することにより、作品の文化批評的側面を浮かび上がらせる試みである。

19世紀後半、英米における新しい読者層の誕生に伴って文学市場が拡大し、著作業が職業として経済システムに組み込まれていったが、Michael AneskoとMartia Jacobsonは、こうした歴史的コンテクストにおいてJamesを再読し、純粋に芸術を完遂しようとした作家という従来的なJames像をうち破り、市場との交渉に積極的に取り組む姿を明らかにして、新解釈の可能性を拓いた。このような文脈において中期の短編群、とりわけ“Greville Fane”(1892), “The Death of the Lion”(1894)、“The Next Time”(1895)といった文芸生活を中心とした作品を再検討するならば、Jamesは市場原理が持ち込まれた文学状況の中で起こりつつある変化の本質を看破していたことが明らかになる。

Spoilsはこれら短編群の延長上にあり、新しい形の文化生産・消費が文化全体にもたらす影響についての思索のひとつの帰結と考えられる。雑誌連載時のタイトル The Old Thingsに示唆されているようにSpoilsは「もの」を中心とし、「もの」を所有しあるいは欲望する人々との関係を通して、ObjectとSubjectとの関係性、認識と価値の問題を巡る思索を劇化している。その際、Jamesが焦点化したのは観賞を第一義とした絵画や彫刻といった美術品ではなく、日々使用され、身体接触をともなう美術工芸品の骨董であることは重要な点である。それらは使用と観賞との二つの使用価値を兼ね備え境界が曖昧な両義的な存在であるがゆえに、見る者のまなざしの背後にある知性・美的感受性・歴史的素養といった文化能力を露呈させ、Pierre Bourdieuの言葉を借りれば「分類し、分類する者を分類する」。これらポイントン邸の蒐集品と階級・経済格差のある登場人物たちが所有する「もの」との対比、またそれらとの関係性において主人公FledaをMona, Owen, Mrs. Gerethと弁証法的に対照することによって、Jamesは認識と価値、階級と文化、また文化の継承について再定義を行おうとしていると考えられる。

また作品中「もの」の移動を推進するのは結婚と相続である。Jamesは初期のWashington Squareから後期のThe Wings of the Dove、The Golden Bowlに至るまで小説のストーリーの原動力として繰り返し “marriage plot”を利用し、とりわけ “heiress”に強い関心を示してきた。 “heiress”の結婚は文化・価値の継承において前提とされる族内婚の成否の鍵となり、文化ヒエラルキーの維持に深く関わるものだからである。本作品ではFledaはMrs. Gerethによってポイントン邸の蒐集品を真に相続すべき存在として選ばれながらもそれを「断念」することによって逆説的に想像力と倫理を兼ね備えた “heiress”となりえた存在としてとらえることができる。このような主人公の創造を経済・階級とは別の次元に文化の価値体系を創出しようとする試みとして論じたい。