1. 西山智則『恐怖の表象 映画/文学における〈竜殺し〉の文化史』彩流社,2016.5.25, 四六版271頁,  \1,800

西山智則『恐怖の表象 映画/文学における〈竜殺し〉の文化史』彩流社,2016.5.25, 四六版271頁,  \1,800

概要

恐怖/テロ/ポーの世紀を映画を通して読み解く!

 

イスラム国のテロリストたちの恐怖は「形(かお)のない恐怖」である。

顔のないテロリストたちは、増殖することをやめない。

形のないものは恐ろしいが、人類は恐怖に形を与えることで、恐怖を封じ込めようとしてきた。

竜もまた人類の敵の恐怖を形にしたものであり、我々は竜を抹殺することで、恐怖の克服を試みてきた。

同時多発テロで幕をあけた二一世紀は「テロの世紀」である。

「テロ」は「恐怖」を意味するのだから、それは「恐怖の世紀」でもある。

そして「恐怖の君臨」する「テロの世紀」は、

世界じゅうで最も恐怖を追及し続けた一九世紀の前半ゴシック作家

「エドガー・アラン・ポーの世紀」になるのかもしれない……。

 

ポーに魅了され、あらゆるジャンルの映画を狩猟する著者が、

映像文化に張り付いている「竜=恐怖の世紀」を丹念に読み解き、

私たちが現在、どのような世紀を生きているのかをあぶり出す

文化研究の成果!


目次

まえがき――なぜ今「竜殺しの物語」を問うのか

 

序説 恐怖/テロ/ポーの世紀――恐怖の国

 第一章 エドガー・アラン・ポー/江戸川乱歩の世紀―悪夢のなかの日本

 第二章 密室化する身体/国家――穢れ、POV映画、虚構と現実

 第三章 壁のなかの領土――『進撃の巨人』と『寄生獣』

 第四章 変奏される恐怖――頭上の黒い影と聖戦という戦争

 

第一部 竜の文化史――捏造される怪物たち

 第一章 『ドラゴンクエスト』をめぐる犯罪と物語――虚構、現実、酒鬼薔薇聖斗

 第二章 竜とは何か――神話、文学、ゲームを横断する表象

 第三章 野蛮幻想と人喰いの記号――『ロビンソン・クルーソー』から『グリーン・インフェルノ』に

 

第二部 竜殺しの進化論――『白鯨』、『ジョーズ』、『ゴジラ』

 第一章 『白鯨』における竜殺し――白鯨/テロとの戦い

 第二章 『ジョーズ』における竜殺し――水面下にひそむもの

 第三章 竜としての原爆―ゴジラ、キノコ雲、フランケンシュタイン

 

第三部 初期アメリカ史における竜殺し――影を追うもの

 第一章『エイリアン』『エイリアン2』の竜殺し――エイリアンというインディアン

 第二章 他者/分身としてのインディアン――インディアン捕囚体験記と『エドガー・ハントリー』

 第三章 影(あく) を追う探偵たち――「群衆の人」と「モルグ街の殺人」のドッペルゲンガー

 

第四部 ポーにおける竜殺し(1)――アメリカ文化史のなかのポー

 第一章 ポーの子供たち――『推理作家ポー――最期の五日間』を読む

 第二章 ロリータ・コネクションの系譜――「ポーの一族」としてのキャロルとナボコフ

 第三章 地下室の狂女――「アッシャー家の崩壊」のさかしまの幽霊

 

第五部 ポーにおける竜殺し(2)――『黒猫』を読む

 第一章 「黒猫」と告発される人種の奴隷制――侵食しあう白と黒

 第二章 「黒猫」と告発される性の奴隷制――壁のなかの亀裂(あな)

 第三章 「バートルビー」と告発される階級の奴隷制――壁のなかの労働者

 

第六部 世紀末の竜殺し――『ドラキュラ』を読む 

 第一章 封じられるドラとドラキュラの口――ヒステリーという症状(ことば) 

 第二章 世紀末の怯える男たち――殺害されるメデューサ

 第三章 語/騙(かた)られる竜退治の物語――ドラキュラとは何者か

 

第七部 現代に生きるメデューサ――『リング』を読む

 第一章 映画におけるメデューサたち――他者を抹殺する記号

 第二章 『リング』における再生される幽霊――『皿屋敷』と『四谷怪談』と貞子の姉たち

 第三章 メデューサとしての貞子――エイズ、映像、同時多発テロ

 

第八部 メデューサのスクリーン――映像の政治学

 第一章 銀幕/隠蔽記憶(スクリーン・メモリー)とアメリカ――ベトナム戦争映画論

 第二章 聖(セント)ジョージの竜退治としての湾岸戦争――実在(リアル)の砂漠にようこそ

 第三章 映画としての同時多発テロ――アメリカン・ドラゴンクエストのゆくえ


引用文献
あとがき――恐怖の世紀