1. 竹内勝徳・高橋 勤(編著)『身体と情動 ―アフェクトで読むアメリカン・ルネサンス』彩流社, 2016.3.31, A5版327+xiii頁, \3,800

竹内勝徳・高橋 勤(編著)『身体と情動 ―アフェクトで読むアメリカン・ルネサンス』彩流社, 2016.3.31, A5版327+xiii頁, \3,800

概要

 シルヴァン・トムキンズやジル・ドゥルーズ、ブライアン・マッスミラが先導したアフェクト研究の勃興を受けて、身体を中心としたアフェクト(情動)の現れやその変化、物質や他の身体との同調性、そして、それを起点とした身体の生成変化などが、文学研究においても注目されつつある。イブ・コゾフスキー・セジウィックの『触覚』(2003年)におけるヘンリー・ジェイムズの分析は、トムキンズ系アフェクト理論の文学研究への応用としてまさに先駆的であった。シアン・ンガイの『醜い感情』(2006年)は、メルヴィルの『信用詐欺師』を、資本主義の原理をキャラクター間の信用と疑念のアフェクト交換に読み替えたテクストとして位置付けている。また、ポール・フラの『アメリカの恐怖』(2015年)は、マッスミやセジウィックを援用して、ポーの「アッシャー家の崩壊」における館や池、館内の様子、アッシャーの外見を概念化するフレーミング作業と恐怖のアフェクトとの関係を論じている。

 本書はこうしたアフェクト研究の潮流を受けて発想されたものであり、作家たちの経験や作品の登場人物たちに現れる、言語や意識では操作し難い身体レベルでの関係性や情動のあり方について考え、それを基に新たな視点で、アメリカン・ルネサンス文学とその時代の特質を捉え直す試みである。扱う作家としては、エマソン、ホーソーン、メルヴィル、ホイットマンに加え、ポー、チャイルド、フラー、ストウ、ディレイニー、ジェイムズが入った。本書のテーマから言えば、全ての作家が相互に強い関連性を持っていると考える。

 本書は三部構成となっており、第一部は「解き放たれる身体」と題して、身体欠損についての意識変容や医学的知識の浸透、電気の発見から派生した疑似科学の流行などを主要な文脈として、物体としての身体が突き付ける謎めいた力に、精神至上主義の十九世紀アメリカがいかにして向き合ったのか、そして、作家たちはいかなる想像力によってそれを作品に表現したのかを探る。第二部は「知覚とリズム」と題した。人間の言語にはそれが伝える意味内容とは異なるレベルで、言葉の響きやリズムが付帯し、それらが意識のコントロールを超えて情動を喚起する場合がある。言語の使い手である作家たちが、身体を通して知覚される音と律動の刺激を、言語表現との関係において、いかなる形で導き出したのかを考える。第三部は「情動の政治学」と題し、怒り、悲しみ、疑念、信頼、不安など、意識の管轄をすり抜けて湧き上がる様々な情動が、文学作品においてどのように変奏され、いかなるパターンを形成し、テクストがその中にどのような政治意識を織り込んでいるのかを考える。


目次

まえがき  竹内勝徳  

第一部 解き放たれる身体

 「ポーの見たサイボーグの夢」 高野泰志    

 「呪術師の杖―― リディア・マリア・チャイルド『フィロシア』における魂の再生手術」 大串尚代     

  「電気と磁気の身体論――十九世紀アメリカ電磁気文化とマーガレット・フラーのフェミニズム戦略」 城戸光世    

 「エマソンの幸福薬――自然と偶然について」 古屋耕平    

 「エイハブの脚――メルヴィルにおける身体論の可能性」 竹内勝徳    

第二部 知覚とリズム

 「情動の響き―― 「ブルックリンの渡しを渡る」にみるホイットマンの欲望」 舌津智之    

 「電信とタイプライターの音楽と駆動する情動――メディア・テクノロジーに囚われしジェイムズ」 中村善雄    

 「流動する集団的パロール――『ブレイク』における身ぶりと音楽」 小林朋子    

 「「ぼくの親戚、モーリノー少佐」における笑い」  稲冨 百合子    

第三部 情動の政治学

 「扇情のアダプテーションと情動調律――歴史ロマンスとしての『牧師の求婚』 新田啓子     

 「「バートルビー」に潜む北米先住民――空間攻防とアメリカの負の遺産をめぐって」 大島由起子    

 「『緋文字』の時代とチリングワースの情動」  村田希巳子    

 「不安の感染 ――「ベニト・セレーノ」における政治と情動」 高橋 勤  

【特別寄稿】

 「トーン」(抄訳)――『醜い感情』より シアン・ンガイ(笠根 唯 訳)

 「訳者ノート――『醜い感情』の翻訳にあたって」 笠根 唯    

あとがき 高橋 勤