1. 1.アメリカ黒人女性文学における「新たなるカリブ」

1.アメリカ黒人女性文学における「新たなるカリブ」

清水 菜穂 宮城学院女子大学(非)


従来、黒人文学においてさえ、カリブ海諸島出身者は肯定的な人物像として描かれることはほとんどなかった。Ralph EllisonのInvisible Man (1952) に登場する訛りの強い戦闘的民族主義者Rasはその代表的な例である。すなわち、カリブとは黒人文学においても否定的なイメージのほうが強かったといえるだろう。

しかし、近年、特に1980年代以降、主として女性作家によって、それまでとは一変したイメージのカリブが描かれるようになった。Audre Lordeの Zami: A New Spelling of My Name (1982)、Paule MarshallのPraisesong for the Widow (1983)、Jamaica KincaidのAnnie John (1985) 等の作品では、カリブ海諸島は登場人物の自己探求の場やアイデンティティの拠り所として表象される。またToni MorrisonのTar Baby (1981)もカリブ海の島を舞台にした作品である。これらの一連の作品を見るとき、それまで直接アフリカに向けられていたアフリカ系アメリカ人の熱い視線が、カリブ海へ、あるいはカリブ海を経由したアフリカへと、あたかもその方向を変えたかのようである。しかも、これらの作品におけるカリブは単にアフリカ的伝統を色濃く残している故郷というだけではなく、植民地状況をいまだに生きる地であり、そこには近代資本主義経済や帝国主義的侵略に対する批判の視点や、性差別や人種主義に対する鋭い洞察もまた共通して見られる。

このような作品群が生まれる背景としては、米国の社会状況、特に公民権運動が一つの帰結を見た1960年代以後の社会状況が考えられる。たとえば、アフリカ系アメリカ人社会に存在する多様な差異の認識や独立後のアフリカ諸国の現状に対する失望、カリブ系アメリカ人第二世代の作家たちの成長、ブラック・フェミニズムの興隆などが一連の作品の誕生に大きくかかわる要因として挙げられよう。また、何よりも米国のグレナダ侵攻(1983)は、カリブ海諸島に対する人々の関心を一挙に高めたといえるだろう。

本発表では、上に挙げたアメリカ黒人女性作家の作品を取り上げ、そこに立ち 現れる「新たなるカリブ」について考察する。それぞれ独自の世界を持つ作品だ が、共通するのは、各作品におけるカリブの「海」と「島」の果たす役割の重要 性である。「海」と「島」が表象するのは、時間的な継続と断絶、閉じられてい ると同時に開かれてもいる空間、あるいは親密さや暴力性など、まさに豊穣その ものであるといえよう。ここでは、「海」と「島」の表象を通して、「新たなる カリブ」の文学的、社会的、政治的意味を考えてゆきたい。