1. 4.Adrienne Rich の「you」の詩学

4.Adrienne Rich の「you」の詩学

渡部 桃子 東京都立大学


1951年、22歳の時に最初の詩集、『世界の変化』を出版した時からアドリエンヌ・リッチは、良い意味でも、悪い意味でも常に注目を集めてきた詩人であった。特に1973年、ラディカル・フェミニストとしての姿勢をより明確にした詩集、『難破船に潜る』を出版した後からは、詩人としてのリッチに対する(特に批評家の間での)毀誉褒貶の度合いが激しくなっていく。たとえば、アメリカの現代詩に「人間同士を結びつける」という詩の「本来の役割」を取り戻させた詩人として称揚される一方、詩が言語の芸術であることを忘れ、自らの「イデオロギー」を標榜する道具としている、また言語と「現実」の複雑な関係を無視して、昔ながらの「古臭いスタイル」に固執していると非難されたりもする。リッチの詩(またそれと共に、彼女の数多くの散文)を読んだ者は、リッチを全面的に受け入れるか、あるいは完全に拒否するか、そのどちらかになるようだ。

結局のところ、リッチを高く評価するか、しないかは、「詩と社会との関係はどうあるべきか」、「社会における詩の役割はどうあるべきか」、さらには「詩はどうあるべきか」という問題とかかわりがあるのではないだろうか。またそのことは、言語の役割をめぐる論議ともかかわってくるだろう。別の言い方をすれば、リッチが言語を単に何かをあらわすための道具とし、言語の物質性を無視しているかどうかが、詩人としてのリッチの評価と深くかかわっていると思われる。そこで、今回の発表では、リッチの「古臭いスタイル」と評される詩 − いわゆるlyricと呼ばれる詩 − に用いられている「呼びかけ『you』」に焦点を合わせてみたい。

無論、現在では、ある一定の形式を持つ詩がlyricとされるわけではなく、むしろlyric=詩と定義されることも多い。しかしlyricは、従来「盗み聞かれた発話」(ミル)、「詩人が聞き手たちに背を向けている」詩(フライ)とされており、lyricとは、語り手「I」が読者ではない誰かに語りかけるという詩であり、そこで使われる「you」は、「不在」であるという前提が長く保たれてきた。またその「不在のyou」は、従来の典型的なlyricであれば、そのlyricの語り手である「I」が表出させた世界の一部にすぎず、決して「他者」ではないとされる。つまりlyricには、「自己の無限膨張に伴う他者完全喪失」の可能性(危険性)がないとは言えないのである。

それならば、詩を自らの意識、それを読む者たちの意識を変革するもの、さらには自分と読者を、読者同士をつなぎ合わせる(connect)するものと捉え、そのことによって最終的には社会全体をも変革する潜在力を持つものとするリッチなどは、当然lyricという詩型自体を諦めるべきではないかとも思われるが、むしろリッチは、lyricを − 特にlyricにおける「I」と「you」の関係を変えることによって − 「修正」することを選んだ。今回の発表では、リッチの詩における「you」の変遷をたどることにより、リッチがいかにlyricを「修正」していったかを明らかにしていきたい。