1. 3.アメリカによるハイチ侵攻(1915-1934)のFaulknerおよびハリウッド映画界への影響

3.アメリカによるハイチ侵攻(1915-1934)のFaulknerおよびハリウッド映画界への影響

大和田 英子 早稲田大学


本発表は、論理的な筋道に立ち、説得力ある解釈をめざす試みではなく、社会・政治、文化の接点を考察し、相互の緩やかな影響関係を探索しつつ、1930年代とフォークナーを中心としたアメリカ文学における一側面を照射しようという試みである。

ウィリアム・フォークナーがノーベル賞受賞以前、主として経済的理由から、ハリウッド映画界で脚本を書く仕事に従事していた事実はよく知られている。フォークナーはハリウッドでハワード・ホークスらと出会い、モンタージュに代表されるモダニストたちの革新的な表現方法にも出会う。それはフォークナー自身のモダニスト的表現方法とも絶妙に一致していた。

他方、フォークナーが経済的に困窮していた時代は、大恐慌もさることながら、1915年から1934年にかけてのアメリカ海兵隊によるハイチ侵攻の時期にも重なっている。2004年初頭におこったハイチでの争乱も、日本では小さな新聞記事にはなったが、2004年4月現在では、イラク戦争のいわゆる「戦後処理」やそれにまつわる諸事件にかき消されてしまった感が否めない。同様に、20世紀前半におけるアメリカによるハイチへの軍事侵攻は、当時は世界的ニュースになったものの、その後、その影響がどのように文化人の想像力に残留したのか、芸術上ではどのような感応を惹起したのか、十分に検証されてきたとは言い難い。

よって、本発表では、文化的創造的エネルギーの塊である映画界が、アメリカ軍によるハイチ侵攻をどのように描出したのか、あるいは、しなかったのか、を検討する。そして、フォークナーがそのハリウッド映画界の片隅にいた、という事実を考慮すると、いかなる想像力やコンテクストが仮定されうるのか、そして、それは、アメリカ文学において、いかなる意味を提供しうるのか、あるいは、提供しえないのか、という点について考察したい。

本発表では、フォークナーの作品におけるハリウッドに対する反応から出発するものの、発表の帰着点に到着するまでには、推論の対象がより拡張・拡大し、文学作品そのものの解釈というより、文学作品を出発点とし、作家の生きた筋道を辿りつつ、文化的コンテキストを包括するという経過が予測されることを付け加えておきたい。