1. 4.Kurt Vonnegut,Galapagosにおける進化を語る幽霊

4.Kurt Vonnegut,Galapagosにおける進化を語る幽霊

中山 悟視 福島工業高等専門学校


Kurt Vonnegut(1922- )11作目の長編小説 (1985)は、Slaughterhouse-Five 以降の他の作品同様、取り上げられることは少ない。60年代以降、小説形式そのものの可能性が模索される中で、Vonnegutの小説が評価されたのは必然であったろう。しかしながら、Slaughterhouse-Five 以後の小説がそれとの比較によってのみ評価されてしまうことには問題がある。かつてVonnegutが評価された要因の一端が「語り」などの小説技法にあったとすれば、特にGalapagos はあらためて検証してみる必要があるのではないか。

Galapagos において人類は、百万年という時間を要し、高度な知能やテクノロジーという人類文明を捨てることで平穏な生活を手に入れる。これは現代社会への皮肉と読める。しかし、この人類進化の過程には様々な歴史的・文化的要素が入り混じる。その百万年にもわたる進化を語るのは、客船の造船中に事故死した幽霊Leon Trout。Leonは百万年の物語を語る上で欠かせない物語装置であり、だからこそLeonはこの物語の解釈に多大な影響力をもつ。

Leonは造船中に落ちてきた鉄板に頭部を切り落とされてしまったため幽霊となってこの船にとりついているのだが、実体化を遂げた彼は切断された頭部をバスケットボールのように頭上に持って現われる。また、生存者たちを乗せた客船には信頼できる船長も海図も羅針盤もなく、いわば「頭脳」の不在によって方向感覚を失ったその船はガラパゴス諸島の孤島サンタ・ロサリア島に座礁することになる。この「頭部」の消失のイメージは、Galapagos における進化の形態、すなわち萎縮した巨大脳に重なってくる。

さらにMandaraxというスーパーコンピュータが物語の展開に重要な役割を果たす。Mandaraxが導き出す言葉に従っても船は座礁を免れず、Maryは人類の進化に重要な手続きを行うことを決意する。一方、その一部始終を見ながら、LeonはMandaraxからの様々な言葉を自らの語りに差し挟んでいく。

Galapagosに関する批評の多くは、100万年後の結末の是非を問うことに終始している。しかし、この小説におけるVonnegutの様々な物語的謀略を問わずには、Vonnegutの進化を語ることはできまい。本発表では、Galapagos が描く様々な身体的特徴に留意しながら、人類進化の過程と語り手Leonを注視する。Galapagos が提示するのは、現状から敷衍しうる憂慮すべき未来予測や現代社会への警句などにとどまらず、進化の概念自体の相対化であることを明らかにしつつ、特異な語りを媒介とする Galapagos のナラティブの問題を検証してみたい。