1. 1.トラウマ記憶と生存本能 ―― Nella Larsen の Quicksand 再考

1.トラウマ記憶と生存本能 ―― Nella Larsen の Quicksand 再考

渡久山 幸功 カリフォルニア大学デイビス校 (院)


Nella Larsen の処女作Quicksand (1928) は、女性主人公Helga Crane の経験と成長を描いた作品であるが、単純なBildungsroman やinitiation story の形式の物語ではない。また、19世紀後半から20世紀初頭に全盛を極めた自然主義 (naturalism)の枠組み (遺伝や環境) だけでは説明できない複雑な問題を孕んでいる作品である。特に作品分析において最も障害となっているのはHelgaの行動・意思決定の不可解さである。その顕著な例は、彼女はヨーロッパに渡り、人種差別のほとんどない社会で幸福な生活を送る機会を得たにもかかわらず、まるで彼女の身体がそのような安住な暮らしを拒絶するかのように、アメリカに帰国し、偏見と抑圧に満ちた共同体にとどまる道を選択するのである。彼女の黒人社会の共同体への帰還は故郷へのノスタルジアやアイデンティティ確立の概念だけでは説明できないように思われる。

サン・フランシスコ州立大学名誉教授で、カウンセラーである Mariko Tanaka 氏は、幼児期のトラウマの定義を拡げ、通常大人から見ればトラウマとはなりえないように見える些細な出来事・体験も、子供にとってはトラウマ記憶として凍結保存され、成長してからの人生に大きく影響を与えると主張している。その理論で特に強調されるのは、トラウマ体験によって構築された「信じ込み」 (belief system) がその後の人生体験・意思決定に重大な影響を及ぼすという帰納法的な仮説であり、示唆的である。

Helga は、異人種間結婚の所産の不純物の証とでもいうように、白人の実母に再婚を機に裏切られ、アメリカ白人中心社会において自らの黒人社会・文化に、そしてキリスト教の教えの中に、希望を見つけ出そうと必死にもがく。しかし、Helga を待ち受けているものは、小説のタイトルが示唆するように、アメリカ社会という「あり地獄」の中で、身動きできず、確実に飲み込まれていく無力な自分自身との対峙である。私が最も注目する点は、Helgaがそのような社会の不正・偏見のみならず、自分の夢や希望をも充分に認識していながら、彼女の意思と矛盾したような行動を選択することである。大学教育を受ける機会に恵まれ、知性に裏打ちされた理解力を持ちながら、何故理想的な方向に自分の人生の舵を取らないのか。黒人女性にとっては、アメリカ社会は黒人蔑視・偏見による人種差別と家父長制による性差別の「二重抑圧」の社会システム以外のものではなく、黒人女性の自由な行動選択が困難なのは明白な事実である。しかし、外的な社会的抑圧の構造とHelgaの内的な精神状況が密接に結びついた相互補完的なメカニズムを考慮しない限り、彼女の不可解かつ、明らかに非論理的な行動を理解するのは不十分であるように思われる。

今回の発表では、トラウマ記憶のメカニズムを機軸とした精神分析理論を援用し、Helgaの矛盾した (ように見える) 行動・意思決定がトラウマ記憶によって構築された「信じ込み」によって大きく影響されている可能性を指摘し、そのトラウマ記憶と「信じ込み」が彼女の根源的な生存本能として機能しているとする仮説を提示したい。