1. 3.欲望の対象としてのアラスカ ―― Ken Keseyの Sailor Song (1992) について

3.欲望の対象としてのアラスカ ―― Ken Keseyの Sailor Song (1992) について

馬場 聡 筑波大学(院)


One Flew Over the Cuckoo’s Nest (1962)の出版によりアメリカ対抗文化の旗手としての地位を確立したKen Kesey (1935-2001)の長編小説Sailor Song (1992)の舞台は、近未来のアラスカに設定されている。Kuinakなる自然豊かな海沿いの町では、先住民と合衆国本土から移住してきた人々によって、漁業を中心とした生活が営まれているとされる。物語は先住民の民話“Shoola and the Sea Lion”を基にした映画を撮影するために、ハリウッドの映画スタッフがKuinakを訪れる場面で幕を開ける。静かな漁師町に突然沸き起こった映画撮影プロジェクトは、もの珍しさと撮影に伴う地域経済の活性化への期待から住民たちを熱狂させる。しかし、その一方で、町を取りまく自然環境と住民たちの伝統的な文化は大きく変化し、侵食されていく。

作品の主人公であるIke Sallasは、伝説のパイロットとしての過去を持つ漁夫である。物語では、彼がCIAの仕事でコカインやマリファナなどの植物を絶滅させるために、遺伝子組み換え作用を持つ化学物質を空中散布した過去の事実が明かされ、障害を持って生まれた彼の娘の死が彼の薬剤散布と関係していることが暗示される。環境汚染の加害者/被害者であるIkeは、Kuinakの町をロケ地にし、撮影後は町全体をテーマパークにしようと画策するハリウッド産業に対して反旗を翻す。

この作品には注意を払わねばならない二つの特異なテクストが埋め込まれている。ひとつはIsabella Anootkaなる架空の作家によって書かれたとされる民話“Shoola and the Sea Lion”の物語である。この民話は、実はKesey自身の創作であり、子供向けの物語The Sea Lion: A Story of the Sea Cliff People (1990)として既に出版されている。もうひとつの特異なテクストは、作品の最後に“Appendix”として収録されている、Kuinakの自然環境に関する擬似科学的な文書である。これら二つの興味深いテクストは、物語本体と絡み合いながら、中心をなす物語を補完する役割を果たしている。

作品の冒頭において描かれるアラスカは、開発の手が完全には及んでいない「最後のフロンティア」であるが、随所に散見される世界各地からやってくるツーリスト、開発業者、投資家、ハリウッドのスタッフたちの存在は、グローバリゼーションの時代における危機に瀕した辺境地域の姿を浮き彫りにしている。本作品において、Keseyは1960年代対抗文化への言及を随所に盛り込みながら、危機に瀕したアラスカの姿を描き、反グローバリズム的な抵抗言説を提示している。つまり、1960年代に培われたKeseyの抵抗姿勢は、最後のフロンティアを舞台に、その形を変えて、地域の文化と自然を脅かすハリウッド産業に対する抵抗として持続しているのである。

発表では、グローバル化する現代において、開発者たちの欲望の対象とされる「アラスカの表象」に目を向け、作品に潜在する反グローバリズム言説を明らかにしたい。