1. 3.パラダイスに表象されるアメリカの夢――Toni Morrisonの愛の3部作について

3.パラダイスに表象されるアメリカの夢――Toni Morrisonの愛の3部作について

竹田 奈緒美 金城学院大学(非)


Toni Morrisonによる3つの小説Beloved (1987)、Jazz (1992)、Paradise (1998) は「愛の3部作」と呼ばれ、Beloved には母の愛、Jazz (1992) には男女の愛、そして Paradise には神の愛が描かれている。そして、これらの小説は奴隷制度に始まり1920年代のハーレム、そして公民権運動に至るアメリカの黒人にとって歴史的な場面を舞台としている。3部作を締めくくるParadise には、父権的な契約によって神に選ばれたと信じる者だけが入ることの出来るパラダイスとして建設された黒人だけの町ルービィの失敗と、愛と信仰を失い絶望したコンソラータが修道院の庭で故郷の神に見つけてもらい、パラダイスを夢見る過程がパラレルに描かれている。

Paradise において、ルービィに起こった禍の原因として町の男たちは修道院の女たちを襲撃し、殺されたはずの修道院の女たちの死体は消失する。その後女たちは再び姿を現し、エピローグにおいてはコンソラータが夢見た決して話すことのないピエダーデが歌うパラダイスの風景が描かれる、という謎めいた結末となっている。しかし、3部作における3つの小説の結末は、ビラヴィド、ワイルド、修道院の女たちがそれぞれ姿を消すという点で共通する。さらに、この女たちが姿を消すのは「庭」においてである。Morrisonは、Beloved において黒人からホームを奪った奴隷制度をスウィート・ホームという名前に皮肉を込めて描き、Jazz においてはジョーにドーカスへの愛をリンゴの味を知りエデンの園を出て行くアダムをなぞらえさせ、Paradise では失われた楽園、パラダイスとは何かを問いかけている。

Paradiseで描かれたパラダイス建設という黒人共同体の夢は、新大陸に上陸し、神の国を建設しようとしたピューリタンの夢と重ね合わせることができる。公民権運動に参加した経験を持ち、よその町から赴任してきた牧師マイスナーは、非暴力主義による公民権運動のリーダーとなり、1963年のワシントンの大行進において「私には夢がある」と演説を行ったマルティン・ルーサー・キング・ジュニア の暗殺により、黒人たちが見たアメリカの夢が叶わないさまを嘆く。その一方で、コンソラータは、修道院の女たちに大声の夢想によって自分たちの過去の悪夢を共有させ、心の傷を癒す。女たちはコンソラータが語るパラダイスの光景に憧れて、コンソラータが語るパラダイスの夢をも共有するのである。

このように、Paradise は黒人共同体の夢だけではなくアメリカの夢を表象するパラダイスを描いている。新大陸が発見され、「丘の上の町」を築こうとしたヨーロッパからの移民たちの夢は、神からの「使命」をスローガンに西へと土地を所有し、成功することを意味した。アメリカという国が建国以来必要としてきた国民を一つにするための夢は、アメリカ文学がテーマとして抱える矛盾を内包し、その矛盾は Paradise の結末における死体の消失と復活の中に見出すことが出来るのである。 本発表では3部作に共通する「庭」と「夢」を手掛りに、Paradise のエピローグは、アメリカの「夢」を表象するパラダイスとして提示されたものであることを実証したい。