1. 3.The Torrents of Spring からThe Sun Also Rises へ―― プリミティビズムへの抵抗とその人種的含意

3.The Torrents of Spring からThe Sun Also Rises へ―― プリミティビズムへの抵抗とその人種的含意

中村 亨 中央大学


Hemingwayの文学と人種という問題をめぐって、この十年ほどの間に革新的な二つの見解が提示されている。ひとつは Ann Douglas の指摘で、彼女は1920年代のアメリカ文学における黒人文化と白人文化の相互影響を論じた著作の中で、上品なハイブロウの文化に反発していたHemingwayが、ブルースやジャズなどの黒人文化から少なからぬ影響を受けたのではないかと推測している。一方Douglas とは対照的にWalter Benn Michaels は、Hemingwayの代表作 The Sun Also Rises に異人種混交への不安・人種的純粋性への希求を読み取っている。

様々な人種が接触し交じり合う1920年代の社会状況の中でHemingwayがいかなる立場に立っていたかということに関して、対照的な二つの見解が存在するわけであるが、この人種をめぐる20年代のHemingwayの立場を考える上で注目したいのが、彼の著作の中でも従来あまり論じられてこなかったThe Torrents of Spring である。本発表では、The Sun Also Rises と、その執筆の合間に先輩作家達の著作のパロディとして書かれたThe Torrents of Spring を一対のテクストとして扱い、これら二つのテクストとThe Torrents of Spring においてパロディの対象となっている複数の先行テクストとの関連を検証する。

その結果浮き彫りになるのは、同時代の黒人礼賛とプリミティビズムの流行に反発したHemingwayが、自分のテクストの形式と内容から人種的な含意を払拭しようとしたということである。

形式面における人種的な含意の払拭とはすなわち、限定された易しい語彙と単純な構文からなる彼の口語的な文体が、黒人の言葉と類似性を持つものと見なされないようにするということである。パロディの対象にされたSherwood AndersonとGertrude Steinの口語的文体は、黒人の話し言葉を模倣した面があったが、そうした先輩作家とHemingwayは一線を画そうとしたのだ。

また内容面においては、The Sun Also Rises というインポテンツの男性の話を、同様にインポテンツをモチーフとしたAndersonのDark Laughter にはっきり示されているような、性的に虚弱化した白人によるプリミティブな活力への憧れを表現した物語として読まれることを拒絶しようとしたと言える。

しかしながら、自分の文学から人種的な含意を払拭しようとしたにもかかわらず、あるいはそうした企てゆえに逆に、Hemingwayが選択した文学的な立場は特定の人種的意味合いを帯びることになる。本発表ではその人種的意味合いを最終的には明らかにしたい。