1. 2.決定論の影響下で ―― The Age of Innocence における自由

2.決定論の影響下で ―― The Age of Innocence における自由

大野 朝子 東北文化学園大学

 

Edith Whartonは自伝 A Backward Glance において、友人の紹介でHuxleyやSpencerなどの書物を読み、19世紀科学の驚異の世界を知った、と述べている。また、The Age of Innocence では Newland Archerが科学に関心を持ち、Spencerの新著を手にする場面が描かれている。Whartonをダーウィン主義的人間観の持ち主として位置づける研究はすでになされているが、本発表では、Whartonがどの程度生物学的決定論の影響を受け、どのように消化していたか、あらためて考えてみたい。

The Age of Innocence のArcherとEllenはお互いに共通点をみつけ、同胞の意識を抱くが、二人の性質は非常に対照的であり、26年後の場面は、彼らの性質が時間と共に固定され、行動が様式化されたことを示している。また、二人の関係の推移をみると、彼らにとって、第一に自らの個性を理解することが、お互いの生き方を尊重し、認め合うことを可能にしていることがわかるが、そこには「環境」によってもたらされる宿命を理解し、受け入れることで、制限はあるが一定の自由を享受することはできる、というWhartonの思想が反映されている。

The Age of Innocence においてArcherはまさに「環境」に支配される人物で、反対にEllenは自由の獲得に成功する、自由意志実践型である。Archerはしばしば閉鎖的な社会に幻滅し、暗黒の世界に落ちていく恐怖を経験するが、積極的な手段を講じて独自の生活を開拓することができない。Archerは時代の変化によって自分の領域を侵されることを懸念する上流階級の人々の意識を敏感に察知し、恐怖として内面に反映させている。Archerは鋭い洞察力の持ち主であるがゆえに、自分が「囚われている」という意識が強い。したがって不安感から自らの行動を制限し、大きな変化を避けている。Archerの性質にあらわれる弱さは簡単に克服されるものではなく、充実した自己の実現を妨げる宿命である。Archerは「自分自身であること」から逃れることが出来ないゆえに、不幸な存在なのである。一方、Ellenは自分自身の性質を把握していて、感情を抑制することができる。Ellenは、人間の意志の力を超えた「環境」という宿命を理解した上で、可能な限り自由を実現しようとするが、このようなEllenの行動には自由意志に対するWhartonの希望を読み取ることができる。

ArcherとEllen以外の上流社会の人物達に注目すると、頑迷な性質をもつ者が多く、Whartonが自由意志に100パーセントの信頼を置いていたわけではないことがわかる。Whartonは、人間は容易に変化せず、宿命を負うものであると認識しつつも、一方で自由意志への信頼を失っていない。人の一生を左右するのは「環境」の力か、自由意志か、という二者選択の問題について、Whartonは明確な答えを与えずに、むしろ中間的な視座を維持する傾向があるのではないだろうか。