1. 3.Stephen Craneのスラム作品とキューバ人 ―― ”The Duel That Was Not Fought” に見る帝国主義イデオロギー

3.Stephen Craneのスラム作品とキューバ人 ―― ”The Duel That Was Not Fought” に見る帝国主義イデオロギー

増崎 恒  広島経済大学(非)

 

1898年、キューバのスペインからの独立をめぐって、親キューバ派のアメリカはキューバを戦場にしてスペインと米西戦争を戦う。この戦争に勝利して、キューバを保護国化し、フィリピンを獲得するに至ったアメリカは、1890年の国内フロンティア・ラインの消失をもって完成させた<大陸帝国>から<海洋帝国>へと変貌を遂げ、ヨーロッパ列強に遅ればせながら、海外植民地の獲得へと積極的に乗り出していく。歴史的に見て、「世界最初の帝国主義戦争」であり、世紀転換期における世界的規模での「帝国主義」の出現を告げる契機となったこの戦争は、アメリカを戦争へと駆り立てる原動力となり19世紀末のアメリカ社会を席巻していた帝国主義イデオロギーと無関係ではなかった。この戦争に魅せられ、従軍記者の1人としてキューバに赴き戦場の様子をアメリカ本国へ伝えたのが、当時26歳だったStephen Craneだった。彼は、キューバでの疲労がもとで肺を病み、その2年後に28年という短い生涯を終えることになる。親交のあった英国の作家、Joseph Conradが指摘しているように、米西戦争に参加することにより自らの死期を早めたのである。何がCraneをかくも米西戦争の戦場であるキューバに執着させ、駆り立てたのだろうか。その背景には、アメリカの世論を戦争へと向かわせた帝国主義イデオロギーが深く関与していたように思われる。

早くから、米西戦争取材記事を含めCraneの諸作品と帝国主義との関係については考察されてきた。Thomas Gullasonによる先駆的研究、“Stephen Crane: Anti-Imperialist” (1958) は、帝国主義に否定的な見解を示した作品を例証として掲げ、Craneを「反帝国主義者」として結論づけている。近年では、Amy Kaplanらによって、Craneは19世紀末作家の1人として、時代の帝国主義的言説に取り込まれていたと捉えられる傾向にある。また、John Carlos Roweは、Craneの諸作品を帝国主義的、あるいは反帝国主義的コンテクストへと一方的に回収させることはしない。Roweは、Craneを<帝国主義者>あるいは<反帝国主義者>として二元論的に論じることから離れ、作品の分析を通して、帝国主義的側面と反帝国主義的側面の両方を有している「矛盾」した存在として作家を位置づけている。

本発表では、一連の先行研究をも視野に入れつつ、CraneがNew York Press 紙に発表したスケッチ、“The Duel That Was Not Fought” (1894) を取り上げ、Craneと時代の帝国主義イデオロギーとの関係について論じる。ニューヨークのスラム街を舞台に、スラムのならず者とキューバ人との間のいさかいの顛末を描くこの小品は従来、帝国主義という文脈では論じてこられず、個人の「名誉」を守るための「決闘」 (duel) に対する、このならず者とキューバ人の間の見解のずれに専ら焦点が当てられ、「勇気」と「向う見ず」の間の差異を作家が諷刺的に描き出した滑稽な「ドタバタ喜劇」として受け止められてきた。本発表では、その「キューバ人」の描かれ方に注目する。米西戦争取材記事から読み取れるCraneのキューバ人観との共通項を探り、このスラム作品の中にすでに米西戦争へと向かう時代の帝国主義イデオロギーの影響が見られることを明らかにしたい。合わせて、このキューバ人表象の分析を軸にして、Maggie: A Girl of the Streets (1893) に代表されるスラム小説の書き手でもあったCraneがスラム街、とりわけそこで生活を営む移民たちに向けていた眼差しと帝国主義イデオロギーとの関係についても考察したい。