1. 2. 自制とパッション ―― The Scarlet Letterにおける分裂した男性主体

2. 自制とパッション ―― The Scarlet Letterにおける分裂した男性主体

小久保 潤子 大阪大学(院)

 

「罪とその結果の物語」というのがThe Scarlet Letter の最も一般的かつ簡潔な要約となろう。しかしこのテキストにおいて罪がセクシュアリティの罪に他ならないことを考えると、さらに「セクシュアリティとその結果/作用の物語」と言い換えることが可能である。そもそもこの物語の全ての始まりはChillingworthとHesterの「結婚(異なったジェンダー間のセクシュアリティが家庭という空間で交わり、前景化される行為・状況)」なのである。19世紀アメリカの文化的エトスである「男らしさ」の観念や、家庭性への強迫観念は、男性の自らのセクシュアリティへのかかわり方に大いに作用している。ChillingworthとDimmesdaleにはそれぞれ、19世紀中葉アメリカ社会の中流階級の男性主体のセクシュアリティをめぐるジレンマから起こる不安や、矛盾したあり方の両極が反映されていると考えられる。

Walter Herbertが “the emerging middle-class obsession with maintaining self-control in the face of sexual desire”と的確に述べているように、19世紀の中流階級の男性たちは己のセクシュアリティに対して強い自己コントロールを求められるようになっていた。文化的に見ると、The Scarlet Letterが書かれた当時は、男性にセクシュアリティを抑制し、自己浄化を促す言説が数多く生み出されていた。しかし男性にセクシュアリティの抑制を求める言説が多くあったという事実はそれだけいっそう性的放縦さが社会に浸透していたことを示唆している。セクシュアリティに関して統制が効かなくなっていたからこそ、それを規制し抑圧しようとするdomesticityの(を賞賛する)言説が生み出されたのではないか?さらに社会を家庭性のイデオロギーが支配する反面、19世紀中葉になって経済的な理由や職業上の理由から結婚を遅らせる(あるいはしない)男性が増えていたという記録もある。

このように19世紀のアメリカの男性主体はセクシュアリティの言説が蔓延する一方で、それを抑制しなければならないという矛盾した状況に置かれていた。The Scarlet Letterにおいて妻を寝取られた夫Chillingworthと他人の妻を寝取ったDimmesdaleにはそれぞれ、19世紀的文脈での「男らしさ」の要請によって引き起こされた男性主体の分裂した状態が反映されていると考えられる。このテキストにおいて男性主体のセクシュアリティをめぐる自己コントロールへの強迫観念が分裂した男性主体の表象としてどのように作用しているかを、ChillingworthとDimmesdaleの描かれ方を具体的に見ることで検討してみたい。