1. 第2室(2号館1階 212教室)

第2室(2号館1階 212教室)

開始時刻
1.午後2時00分2.午後2時55分
3.午後3時50分4.午後4時45分(終了5時30分)
司会内容
水野 尚之

1.「見られる」ことの恐怖 ―― The Aspern Papersにおける語り手のアイデンティティーの喪失

  西田 智子 : 九州産業大学

2.決定論の影響下で ―― The Age of Innocence における自由

  大野 朝子 : 東北文化学園大学

押谷 善一郎

3.Stephen Craneのスラム作品とキューバ人―― ”The Duel That Was Not Fought” に見る帝国主義イデオロギー

  増崎 恒 : 広島経済大学(非)

4.The Wheat! The Wheat!―― 総合芸術としてのThe Octopusにおけるアメリカの美しさ

  中野 里美 : 明治大学(非)



西田 智子 九州産業大学

 

Henry JamesのThe Aspern Papers (1888)の中で、批評家であり編集者である語り手は、今は亡きアメリカの詩人Jeffrey Aspernの手紙を入手するために、Aspernのかつての恋人Miss Bordereauのヴェニスにある屋敷に下宿する。手紙を手に入れるためにはMiss Bordereauの姪であるMiss Tinaを誘惑してもよいと言い、法外な家賃も投資であると考える語り手は、他者の恋愛模様や人生を詮索し批評することに対しては貪欲なまでに情熱的で逞しい。ところがMiss Bordereauの死後、残された手紙を手に入れるための条件がMiss Tinaとの結婚であることを示され、自分自身が現実の恋愛の対象になると、語り手は突如として恐れをなし、身を引いてしまう。

このような人物達の変貌の様子について、先行研究においては目的の達成を阻まれて逞しさや生彩を失っていく語り手に対し、Miss Tinaが自我に目覚め積極的に生きる女性へと成長している点が指摘されることが多い。だが彼女の成長ぶりを引き立てる語り手の変化に注目してみると、偽名を使ってまで自分の正体や本心を隠し、自分の目論見を「見られる」ことなく他者を「見よう」としていた語り手は、実際には、なかなか姿を見せないMiss BordereauやMiss Tinaに「見張られ」、経済的にも精神的にも彼女達に利用される不利な立場になっていることが分かる。そして、他者の人生を観察し、解釈することで批評家としての社会的アイデンティティーを得ている語り手にとって、物事を「見る」ことが出来ない立場に置かれることは彼のアイデンティティーの危機を意味していると考えられる。そこで本発表では、語り手が女性達から「見られる」ことで、自分自身が「見る」力やアイデンティティーを失っていく点に着眼したい。

目の上に覆いをかけているMiss Bordereauの目を語り手は見ることが出来ず、彼は専ら「見られる」立場になる。彼がAspernの手紙を盗み出そうとした時には、初めて目の覆いを外したMiss Bordereauに睨み付けられるが、彼は恐怖のあまり冷静に相手を「見る」余裕など無い。さらに彼は自らの男性性を利用してMiss Tinaを誘惑するどころか、逆に女性であるMiss TinaからAspernの手紙を質に結婚を迫られることになり、ひるんで目的を断念することになる。

最終的に、語り手にとって、金銭的な投資の意味も、女性を誘惑する男性としてのジェンダー・アイデンティティーも、他者を「見る」批評家としての社会的なアイデンティティーも失われていく。他者の生を「見る」ことで自分の生のアイデンティティーを得ていた語り手にとって、他者から「見られる」ことは自らが「見る」力と自分の生を奪われることを意味していると考えられる。本発表では、語り手のアイデンティティーの喪失の様子を明らかにしつつ、人生の傍観者が持つ弱さに対するJamesの意識について考察していきたい。


大野 朝子 東北文化学園大学

 

Edith Whartonは自伝 A Backward Glance において、友人の紹介でHuxleyやSpencerなどの書物を読み、19世紀科学の驚異の世界を知った、と述べている。また、The Age of Innocence では Newland Archerが科学に関心を持ち、Spencerの新著を手にする場面が描かれている。Whartonをダーウィン主義的人間観の持ち主として位置づける研究はすでになされているが、本発表では、Whartonがどの程度生物学的決定論の影響を受け、どのように消化していたか、あらためて考えてみたい。

The Age of Innocence のArcherとEllenはお互いに共通点をみつけ、同胞の意識を抱くが、二人の性質は非常に対照的であり、26年後の場面は、彼らの性質が時間と共に固定され、行動が様式化されたことを示している。また、二人の関係の推移をみると、彼らにとって、第一に自らの個性を理解することが、お互いの生き方を尊重し、認め合うことを可能にしていることがわかるが、そこには「環境」によってもたらされる宿命を理解し、受け入れることで、制限はあるが一定の自由を享受することはできる、というWhartonの思想が反映されている。

The Age of Innocence においてArcherはまさに「環境」に支配される人物で、反対にEllenは自由の獲得に成功する、自由意志実践型である。Archerはしばしば閉鎖的な社会に幻滅し、暗黒の世界に落ちていく恐怖を経験するが、積極的な手段を講じて独自の生活を開拓することができない。Archerは時代の変化によって自分の領域を侵されることを懸念する上流階級の人々の意識を敏感に察知し、恐怖として内面に反映させている。Archerは鋭い洞察力の持ち主であるがゆえに、自分が「囚われている」という意識が強い。したがって不安感から自らの行動を制限し、大きな変化を避けている。Archerの性質にあらわれる弱さは簡単に克服されるものではなく、充実した自己の実現を妨げる宿命である。Archerは「自分自身であること」から逃れることが出来ないゆえに、不幸な存在なのである。一方、Ellenは自分自身の性質を把握していて、感情を抑制することができる。Ellenは、人間の意志の力を超えた「環境」という宿命を理解した上で、可能な限り自由を実現しようとするが、このようなEllenの行動には自由意志に対するWhartonの希望を読み取ることができる。

ArcherとEllen以外の上流社会の人物達に注目すると、頑迷な性質をもつ者が多く、Whartonが自由意志に100パーセントの信頼を置いていたわけではないことがわかる。Whartonは、人間は容易に変化せず、宿命を負うものであると認識しつつも、一方で自由意志への信頼を失っていない。人の一生を左右するのは「環境」の力か、自由意志か、という二者選択の問題について、Whartonは明確な答えを与えずに、むしろ中間的な視座を維持する傾向があるのではないだろうか。


増崎 恒  広島経済大学(非)

 

1898年、キューバのスペインからの独立をめぐって、親キューバ派のアメリカはキューバを戦場にしてスペインと米西戦争を戦う。この戦争に勝利して、キューバを保護国化し、フィリピンを獲得するに至ったアメリカは、1890年の国内フロンティア・ラインの消失をもって完成させた<大陸帝国>から<海洋帝国>へと変貌を遂げ、ヨーロッパ列強に遅ればせながら、海外植民地の獲得へと積極的に乗り出していく。歴史的に見て、「世界最初の帝国主義戦争」であり、世紀転換期における世界的規模での「帝国主義」の出現を告げる契機となったこの戦争は、アメリカを戦争へと駆り立てる原動力となり19世紀末のアメリカ社会を席巻していた帝国主義イデオロギーと無関係ではなかった。この戦争に魅せられ、従軍記者の1人としてキューバに赴き戦場の様子をアメリカ本国へ伝えたのが、当時26歳だったStephen Craneだった。彼は、キューバでの疲労がもとで肺を病み、その2年後に28年という短い生涯を終えることになる。親交のあった英国の作家、Joseph Conradが指摘しているように、米西戦争に参加することにより自らの死期を早めたのである。何がCraneをかくも米西戦争の戦場であるキューバに執着させ、駆り立てたのだろうか。その背景には、アメリカの世論を戦争へと向かわせた帝国主義イデオロギーが深く関与していたように思われる。

早くから、米西戦争取材記事を含めCraneの諸作品と帝国主義との関係については考察されてきた。Thomas Gullasonによる先駆的研究、“Stephen Crane: Anti-Imperialist” (1958) は、帝国主義に否定的な見解を示した作品を例証として掲げ、Craneを「反帝国主義者」として結論づけている。近年では、Amy Kaplanらによって、Craneは19世紀末作家の1人として、時代の帝国主義的言説に取り込まれていたと捉えられる傾向にある。また、John Carlos Roweは、Craneの諸作品を帝国主義的、あるいは反帝国主義的コンテクストへと一方的に回収させることはしない。Roweは、Craneを<帝国主義者>あるいは<反帝国主義者>として二元論的に論じることから離れ、作品の分析を通して、帝国主義的側面と反帝国主義的側面の両方を有している「矛盾」した存在として作家を位置づけている。

本発表では、一連の先行研究をも視野に入れつつ、CraneがNew York Press 紙に発表したスケッチ、“The Duel That Was Not Fought” (1894) を取り上げ、Craneと時代の帝国主義イデオロギーとの関係について論じる。ニューヨークのスラム街を舞台に、スラムのならず者とキューバ人との間のいさかいの顛末を描くこの小品は従来、帝国主義という文脈では論じてこられず、個人の「名誉」を守るための「決闘」 (duel) に対する、このならず者とキューバ人の間の見解のずれに専ら焦点が当てられ、「勇気」と「向う見ず」の間の差異を作家が諷刺的に描き出した滑稽な「ドタバタ喜劇」として受け止められてきた。本発表では、その「キューバ人」の描かれ方に注目する。米西戦争取材記事から読み取れるCraneのキューバ人観との共通項を探り、このスラム作品の中にすでに米西戦争へと向かう時代の帝国主義イデオロギーの影響が見られることを明らかにしたい。合わせて、このキューバ人表象の分析を軸にして、Maggie: A Girl of the Streets (1893) に代表されるスラム小説の書き手でもあったCraneがスラム街、とりわけそこで生活を営む移民たちに向けていた眼差しと帝国主義イデオロギーとの関係についても考察したい。


中野 里美 明治大学(非) 

 

1880年、カリフォルニアで起きた、Mussel Slough事件を基にしてFrank Norrisにより書かれたThe Octopus は、絵画的手法を中心に、美術、音楽、演劇を盛り込んだ文学に仕上げた。絵画や劇などに造詣が深いというNorrisの才能は、パリで絵画を学んだことや、元女優という彼の母の影響によるところが大きい。Norrisは明らかに絵画的、風景画的にカリフォルニアの大地を描こうとしており、人や物を色彩豊かに表現し、また色の混合、光へのこだわりなどの多くがThe Octopusに反映されており、(例えば太陽光をdiamond flashと表現し、ウサギ狩りで捕獲されたウサギの群れを大海原やそのうねりに喩えた箇所など)、読者の脳裏からそうした場面の残像が消えることはない。美術史を紐解けば、それまでの画家で「雨」を描いた絵画は極端に少ないが(印象派がようやく「光」を描きこんだ頃で)、あるいはJoseph Mallord William Tunerの‘Rain, Steam, and Speed-The Great Western Railway’に触発されたところも大きいと思われる。

そして、絵画的小説ともいえるこの作品でとりわけ効果的に用いられている手法がコントラストである。この作品には実に様々なコントラストがある。それを、音楽(農民たちの2回のダンスパーティが、2回とも鉄道会社からの悪い知らせに遮られる、鉄道音のハミングやエコー、様々な音のハーモニー、またストーリーが進むにつれ「再生の交響曲」、「死のダンス」へと展開する)にのせて、Norrisは劇中劇的に、またはThe Octopus 全体を1つのドラマの上演であるかの如く、(聖書、神話の登場人物になぞらえたり、heroやqueenを用意し、道化のような存在を悲劇の中に織り交ぜ、〜退場という言葉を使い、民衆―ここでは観客の比喩―の心を惹きつけることのできないリーダーが、会場となったオペラハウスの女優の控室に逃げ込むなど)、細部まであますところなく描き切っている。コントラストにより、同じトーンのものが正反対に描かれていて、それぞれの持つ意味が、相乗効果で鮮明に示されることになる。例えば、小麦のもつ“Force”と鉄道のもつ“Force”、支配者としてのS.BehrmanとMagnus Derrick、餓死するHooven夫人と上流階級の豪華なフル・コース、男性に良い影響を与え向上させることのできるAnnie DerrickとHilma、また都市の生活と農場の生活、鉄道会社や保安官に追われることになる Dyke と ranch の人にウサギ狩りで追われるウサギ、羊の大量轢死と鉄道会社と闘った“League”のメンバーの死、さらには人間嫌いのAnnixterがhumanityに目覚め叫ぶ“The Wheat! The Wheat!” と喪われたAngeleを取り戻すことになるVanameeの“The Wheat! The Wheat!”の叫び、そして最大のコントラストは、語り手であるPresleyの詩作(“Reality”)とVanameeの“Romance”で、上記の細かいコントラストを包括した上でのコントラストとなっている。読者は、この“Reality”と“Romance”を舞台背景(舞台美術)のベースにしてディテールが描かれ、ドラマが舞台の上で繰広げられ、音楽がオーケストラ・ピットで奏でられるのを、作品の副題である、“A Story of California”として体感するのである。この“A Story of California”で、NorrisはMussel Sloughを題材にした農民と鉄道の対決を「レキシントンの戦い」に喩えている。やがてはこういう紛争もカリフォルニアの問題だけでなく、アメリカ全土の問題となることを予感させているため、“A Story of California”は“A Story of America”とも読み替え可能であろう。

上述の詩人、Presleyは“The Song of the West”を完成させるために“ranch”を訪れるのだが、その“ranch”の実情を知るにつれてサンオーキン全体のみならず、そこに住む人々の姿も含めた‘The Toilers’「働く人々」(“The Song of the West”改め)を書き上げる。当初は“Romance”を求めていたPresleyだが、出来上がった作品はリアリスティックなものとなる。彼が西部で目の当たりにしたものは、新たに国家を造り上げていく「力強さ」であり、そこに住む人々の粗野ともいえる強さ、そしてそこから生まれる美しさでもある。人も小麦も鉄道もすべて同じ“Force”により突き動かされているため(実際にこの3つには“teeth”(歯)“blood circulation”(血液循環)など共通のキーワードもある)、Norrisは「邪悪なもの」として描かれさえする鉄道に対しても否定はしていない。またPresleyが農民と鉄道の戦いに参戦せず、傍観者でいたのはなぜか(彼のニックネームからも想像に難くない)。そしてまたその事件後、療養目的としてPresleyは、なぜインドへと向かう船に乗り込んだのか。“Production”というキーワードに隠されたアメリカ社会を読み解き、ストーリーのテーマをPresleyの視点から探っていきたい。そうすることで単に「自然主義作家」という枠に収まりきれない幅の広い作家、「総合芸術家」としてのNorrisを浮き彫りにしていきたい。