1. 2.旅する歴史家――Francis Parkman, The Oregon Trail から The Conspiracy of Pontiac へ

2.旅する歴史家――Francis Parkman, The Oregon Trail から The Conspiracy of Pontiac へ

山口 善成 高知女子大学


本研究は19世紀アメリカの歴史家Francis Parkman (1823-1893)の著作を入り口として、当時の社会において「歴史」とはいかなる種類の書き物であったのかを問うものである。主として取りあげるテクストはParkmanの最初の二つの著作 The Oregon Trail (1849)とThe Conspiracy of Pontiac (1851)である。そして具体的な方法としては、Parkmanの歴史記述を読み解く鍵として「旅」および「旅行記」といった要素に着目し、これらが彼の著作の成り立ちにいかに関わっていたかを議論の軸にして分析、論証する。

Parkmanの歴史は「旅」によって書かれたと言って過言ではない。ハーヴァード大学に入学後間もなくして歴史家になることを決意した彼は、毎年夏になるとその後自らの手で取り組むことになる「植民地時代におけるニューイングランドとニューフランスの闘争史」のためのリサーチ・トリップを繰り返している。例えば、舞台となるアメリカ東部と北西部、およびカナダへと実際に足を運んで史料を集め、さらに彼は自分の歴史において大きな部分を占めるアメリカ先住民インディアンについてより詳細な知識を得るためオレゴン・トレイルの旅にまで出かけた。これらの旅によって得られたデータは確実にその後の彼の歴史記述に組み込まれてゆく。したがって第一義的には、Parkmanの旅は資料収集のための旅だったと言って差し支えない。

この資料収集の徹底ぶりはParkmanの師であるハーヴァード大学初代歴史学部教授Jared Sparksの影響が大きかったと考えられる。Sparksは自らの歴史編纂プロジェクトのために全米およびヨーロッパ各地を渡り歩いて資料の収集に努めたアメリカで最初の歴史家だった。ひたむきに歴史資料を求めて方々へ足を運ぶ師の姿はParkmanにとって「歴史家」の手本として強い印象を与えていたことであろう。しかし、Parkmanの旅はSparksのそれとは性質の違うものに発展していった。つまりParkmanにとって旅は単に歴史資料を集めるための手段にとどまらず、実際に歴史を書く際の方法論をも提供していたのである。非常に早い段階から「歴史」を意識していたのにもかかわらず、彼が最初に出版したのは The Oregon Trail という旅行記だった。本研究ではこの旅行記を単に旅で集めた史料をまとめただけのものではなく、むしろParkmanは旅や旅行記の執筆を通して歴史記述の方法論を確立していったという仮説を立てる。そしてこの仮説を証明しながら、あわせて19世紀アメリカにおいて大量に出版された「旅行記」というジャンルが歴史記述に及ぼした影響力を検証し、Parkmanの歴史を単なる特異な個別例としてではなく19世紀アメリカという社会だからこそ登場し得た歴史記述のあり方として論ずることが本研究の最終的な目標である。