1. 2.<s>何を語るか、</s>いかに語るか――Suzan-Lori Parks劇の表現形式

2.<s>何を語るか、</s>いかに語るか――Suzan-Lori Parks劇の表現形式

岡本 太助 大阪外国語大学(院)


Topdog/Underdog によって2002年度のピューリッツァー賞を受賞したSuzan-Lori Parksは、名実ともに現代アメリカ演劇を代表する作家である。きわめて象徴性の高い舞台表現や、ジャズの即興演奏を思わせるようなRep & Rev(反復と修正)によって構成されるセリフ、高尚・低俗織り交ぜた多様なテクストの引用からなる注釈の導入、そしてリンカーンからへスター・プリンにいたる人物にまつわる表象の解体と再構築による歴史の再テクスト化。このようにParksの劇作の特色を列挙してみると、明示的で最終的な「意味」(つまり記号表現としての作品が指し示すところのシニフィエ)を欠いているかのようにみえる彼女の作品が、実は演劇・文学表現の伝統、さらには表象一般の形式の歴史的な変遷そのものを対象として志向していることがわかる。つまり黒人女性作家であるParksが、例えばアフリカン・アメリカンの経験語っているかどうかは明確に決定できないが、彼女が何らかのものを表現するため用いる「形式」(例えばSignifyin(g))を歴史的に定位することは可能であり、いわばという「形式」のレベルにおいてこそ、Parks作品の「意味」が生産されているのである。

しかし一方では、Parksにおいて具体的な経験が語られていないと断言することも誤りであって、彼女もまたマイノリティー文学やポストコロニアル文学の主調音である「声なき主体に語らせる」というテーマを追求している。もっともParksは、黒人主体の経験そのものを内容として描出するというよりも、注釈やパロディー、さらには自分とは異なる誰かに偽装して語るという手法などを通して、複数の声がせめぎ合う言説・表象空間を創出することによってそれを達成するのである。(従ってこれは、戯曲を本質的に単声的なものとみなすバフチン流のポリフォニー論への反証ともなっている。)

さらにParksにおける表現形式の中心をなすRep & Revは、単に特定のセリフの反復・修正にとどまらず、作品における表現全般に影響を及ぼす、いわば高次のメタファーとして機能している。Rep & Revの骨子は、既に決定したものとみなされる歴史上の事実を、常に(舞台上の)現在という瞬間において生々しく経験し、書き換えてゆくという点にある。したがって一方向的・直線的な時間概念が異化されることは言うまでもないが、さらに重要なのは、Rep & Revの対象となる(アメリカの)時空そのものが、くまなく表象し尽くされ、「モノ」と化しているという感覚である。つまり「歴史」そのものにではなく、その雑多な表象を対象にして書き換えを行うような無限の運動によって示される、きわめてポストモダン的な傾向がParksを特徴付けているといえる。本発表ではリンカーン暗殺を土台にした作品 The America Play(1990)を中心に、これらの論点を例証する。