1. 3.M. Butterfly における語り手の機能

3.M. Butterfly における語り手の機能

松田 智穂子 一橋大学(院)


中国系アメリカ人劇作家David Henry Hwangによる三幕劇 M. Butterfly (1988)は、性差、人種、文化をめぐって生じる西洋と東洋、および男性と女性の対立が錯綜する主題を、Pucciniのオペラ Madame Butterfly (1904)のモチーフにのせて描き出す作品として、初演時より注目を浴び続けている。そのテキストは、1980年代後半から90年代にかけて、多文化主義の視点から盛んに読み解かれてきたが、本発表では、ホァンがこうした主題を実際に舞台で表現するために用いた演劇的手法を明らかにしたい。

Tennessee Williamsの The Glass Menagerie (1945)における主人公Tomは、批評家Peter Szondiが定義付けた、回想によって「過去を現在化する」登場人物であるといえる。『M.バタフライ』の元フランス人外交官Gallimardも、「理想の観客(ideal audience)」を聞き手としてみずから設定して自身の経験を回想し、語る。この語り手は、自分と同じ時間(現在)に存在する聞き手(観客)に向かって語りかけることによって、過去の出来事を観客の前に現出させる。

ところが、第二幕になると、ガリマールが語る物語の登場人物のひとりに過ぎなかった彼の愛人Song Lilingが「回想する語り手」の役割を担い始める。さらに、ガリマールのスパイ容疑を裁く法廷の場(第三幕第一場)では、ガリマールは語り手の役を放棄して退場し、代わりにソンがガリマールとの生活を暴露し、西洋男性が抱く「幻想」を糾弾する。このような劇の語り手の交替は、支配関係の逆転を舞台上に可視化する試みだと言えないだろうか。自身とソンの関係をピンカートンと蝶々夫人の関係になぞらえて回想し、みずから語ることによって舞台上に再現しようとするガリマールの試みが、新たな回想し語る人物の出現によってついえる様相は、東洋女性の理想像が崩壊し、ガリマールが体現していた西洋男性の価値体系が崩壊する過程を表すのである。最終場面では、ソンが退場し、ガリマールが再び語り始める。しかしその主体はもはや西洋男性のそれではなく東洋女性という語られる客体と化しており、ガリマールの口から発せられる言葉は蝶々夫人の台詞である。

ホァンが用いた回想する語り手、およびその複数化という演劇的手法は、プッチーニのオペラ、さらにはヴェトナム戦争版『マダム・バタフライ』ともいえるブロードウェイ・ミュージカル Miss Saigon (1989)でも曖昧とされていた主題を浮かび上がらせる。