1. 4.アンケートの詩学と政治学――John Milton, Emily Dickinson, Wallace Stevens

4.アンケートの詩学と政治学――John Milton, Emily Dickinson, Wallace Stevens

阿部 公彦 東京大学


頼まれたわけでもないのに発言する人ほど、迷惑なものはない。教授会で不必要な意見を滔々と述べる人、同報メールでやたらと長い挨拶文を流す人、結婚式で興奮のあまりいきなりスピーチを始める人・・・。逆に、頼まれたから発言する、の典型といえばアンケートである。アンケート的発言は、あらかじめ与えられた空欄に向けた反応であり、新聞に引用される有識者のコメントなどにもあらわれているように、言葉は相手の都合にあわせた「お行儀のよさ」を発揮している。最近「英語教育」など文学研究の隣接分野でも世論調査的研究手法が目立ってきたが、本発表の目的はそうした動向を横目で見やりつつ、アンケート的言説の蔓延が文学の現場にどのような問題を引き起こすのか、主に詩作品に焦点をあてて検討することにある。

そもそも文学研究は、長らく「たのまれたわけでもないのに・・・」を思想的な拠り所としてやってきた。文学史上の作家・詩人でも、長い無名時代をすごし自費出版やボツ原稿に埋もれながらやってきた人々は多いが、そうした人物像をこよなく愛する文学研究者にとって、「たのまれたわけでもないのに語る」人の、動機不明の、はた迷惑な発言欲は魅力でもあった。アンケートという枠組みには、そうした神話を解体する作用がある。アンケートにおける発言は非自発的で、「頼まれた」故の仕方ないものであり、その匿名性・無束縛性・多数性は一見民主的だが、行き先が指定されあらかじめ毒抜きされているという意味では隷属的でもある。

では、果たしてアンケート的言説とは、自由で自発的な発言に比べて「政治的に」一段劣ったものとみなせるのだろうか?振り返ってみると、たとえば日本における英語教育(つまり括弧なしの、ということであるが)はしばしばQ&Aのパタンに依存した知識伝達のシステムに依存してきた。ここには「発言をさせる」という民主主義の鋳型を隠れ蓑にした権威主義の温存という側面がたしかにあり、「英語教育」(括弧つきの、である)におけるアンケート主義の氾濫にもその影響はあるかもしれない。が、このQ&Aの問答形式は実は広く英語文学テクスト一般の中にも看取されるようなかなり普遍的な言語の振る舞いの形でもあり、従って、アンケート言説の隷属性を指摘するだけで事足れりとするのは早計だろう。

ジ英語文学の作品、とくに詩では、Q&Aのパタンはしばしば作品の重要な土台として用いられてきた。本発表ではJohn Milton、Emily Dickinson, Wallace Stevensといった詩人の作品をとりあげ、問答形式がいかにして発話のための豊饒な枠組みを提供してきたかを確認しつつ、それが現代におけるアンケート言説の氾濫とどのように関係してくるのかにまで考察を進めることで、文学研究と英語教育とをつなぐような問題提起をできればと考えている。