1. 1.Toni Morrisonの Tar Baby にみるエコロジカル・フェミニズム

1.Toni Morrisonの Tar Baby にみるエコロジカル・フェミニズム

阿部 暁帆 成蹊大学(院)


Toni Morrisonの作品には、アフリカ系アメリカ人が直面する問題に関しての迫真性のある描写と、アフリカに起因すると思われる独特の超自然的な描写とが、常に共存している。Tar Baby(1981)に関していえば、資本主義社会に翻弄されるカリブの島の実情がプロットの背景として描かれている一方、奴隷制に関連した島の伝説的な神話もまた、随所に織り込まれている。しかし、このような現実的な描写と超自然的な要素という、一見対照的とも思われるものを、Morrisonは一体どのように調和させているのだろうか。その手法は様々であるが、Tar Baby の場合、この両者を結びつけている一つの要因は、擬人化された島の自然描写であると推測できる。

Tar Baby を概観すると、資本主義の弊害の影響や後に再生しつつある、擬人化された自然描写が際立っていることに気づくが、この特徴は、現代社会におけるアフリカ系アメリカ人コミュニティの内情と彼らのフォークロアとを複雑に織り込むというMorrison特有の作風とは、少々異なっている。この作品が発表された時代背景には、まず、1975年以降の原発事故を契機とした、女性側からの環境保護運動の隆盛があげられる。こうした運動と関連して、女性と自然とがともに男性支配の対象となっている、という批判を根本的な主張として系統立てられたエコロジカル・フェミニズム(エコフェミニズム)が唱えられ始めたのは、この頃のことである。更に、第三世界の貧困層の女性に資本主義社会の弊害の波が押し寄せていることに対する、当事者側からの運動が高まった、エコフェミニズムの発展段階の時期でもある。Tar Baby ではこれまでの作品とは異なり、アメリカ合衆国からカリブの島へと舞台が移っているが、カリブの島はいわば、貧困層の実態や自然の破壊などが縮図化された場所であり、Morrisonは自然破壊や第三世界の女性たちを意識的に描くことで、より資本主義の弊害を明確にしているのである。Morrison自身はエコフェミニズム思想へ傾倒を明言してはいないが、Tar Baby にふんだんに自然描写を取り込み、資本主義社会を嘲笑的に描いたMorrisonの作品における意図と、当時の社会運動の風潮との近似は、決して偶然ではないだろう。また、エコフェミニズムの主張には、Morrisonの作品に内在する現実的な面と超自然的な思想との二面性があるという点においても、両者の共通性を見いだすことができるのである。

本発表では、まず、作品の舞台であるカリブの島が、エコフェミニズムの視点からみた場合、どのように描かれているかを考察するとともに、エコフェミニズム内での多様な見解が作品に混在していることを明らかにする。次に、資本主義社会で生きるJadineに対して、アフリカ系アメリカ人の伝統的社会を重んずる人物として比較されがちなSonは、エコロジカル・フェミニズムの思想からはどのように解釈されうるか、更には、第三世界の女性であるやにみられるエコフェミニズムの主張と今後の可能性について指摘したい。