1. 2.暴力と権力の構図――Margaret Atwoodの Bodily Harm

2.暴力と権力の構図――Margaret Atwoodの Bodily Harm

大塚 由美子 北九州市立大学(非)


カナダの作家Margaret Atwoodの5作目の小説 Bodily Harm (1981)の主な舞台は、旧イギリス植民地の西インド諸島の架空の島St. AntoineとSte. Agatheである。カナダからこの島を訪れた自称「旅行記者」である主人公Rennie Wilfordは、「ライフスタイル」についての記事を得意とし政治は苦手である。彼女は首相選挙の立候補者Dr. Minnowとの出会いを通して、イギリスからの独立以来初めて実施される「民主的な」選挙が、暗殺、暴動、弾圧といった暴力により惨劇へと変わる様子を目撃し、自らもその惨劇に巻き込まれていく。

小説に登場するカリブ海の小国は、地理的にはベネズエラからアメリカ合衆国への石油輸送の航路に当たり、政治的には旧宗主国イギリスの傀儡政権である。また「CIAのスパイ」「共産主義者対策」などの表現からも、Atwoodが当時の米ソ冷戦構造を作品に導入していることは明らかである。

小説のタイトルは個人レベルと公的レベルにおいて身体に及ぼされる暴力を意味する。個人レベルでは、主人公Rennieの身体に「侵略」して内部を蝕む乳がんと、未遂とはいえ彼女に恐怖を与えるレイプ殺人という男性による暴力である。乳がんは一見ジェンダーと関係が無いように見える。しかし、他のがんとは異なり乳がんが発生する女性の胸部は女性のセクシュアリティや女性性のシンボルであり、男性からの暴力にさらされやすい。このように乳がんとレイプは、主に女性が被害者となるものであり、この小説のエピグラフが提示する「男性が行動し、女は見られる」というジェンダー間の力学を象徴する。

次に公的レベルにおけるタイトルの意味は、物語終結部において国家権力者により人々の身体に加えられる拷問、銃殺など集団的暴力であり、ここには権力者が人々を超越的に支配する権力構造が存在する。またDr. MinnowがRennieに伝える旧宗主国イギリスの経済政策や友好国カナダの「無邪気な」援助政策のように、間接的な形で島の人々を抑圧する隠蔽された暴力性も含まれる。

発表では、当時の政治状況を考慮に入れながら、小国が独立を果たした後のポストコロニアルな状況において、今度は自らの内部で植民地主義的な支配/被支配の権力構造を生み出していく過程を、ジェンダー間の力学の問題と平行して分析し、最終的には「権力」をキーワードに、個人レベルでの暴力がどのように公的レベルでの暴力とかかわりあっているかを考察する。