1. 3.新しいアダムとイブの運命――Hawthorneのユートピア表象を探る

3.新しいアダムとイブの運命――Hawthorneのユートピア表象を探る

城戸 光世 広島国際学院大学


アメリカ史上、作家や知識人たちの想像力が、ユートピア建設、あるいはユートピア思想へと大きく向かった時代とは、アメリカ=「地上の楽園」あるいは未来の「神の国」という幻想の下に、ヨーロッパから移民たちが押し寄せた植民地時代を除けば、19世紀の二つの時代、すなわち1840年代と、1880、90年代の世紀末であったという。そのうちの前者、1840年代を挟んだ前後10年は、Nathaniel Hawthorneが精力的に作家活動を行っていた時期にあたる。当時、空想社会主義者Robert OwenやCharles Fourierらの影響を多分に受けた超絶主義者たちを中心に、ニューイングランドの各地に幾つもの理想的共同体が建設されたことは周知の通りである。Hawthorne自身、シェーカー教徒の共同体訪問から The Blithedale Romance のモデルとなったBrook Farmへの参加決意まで、当時のユートピア運動への関心は決して低いものではなかった。

本発表では、Brook Farmを巡る当時の様々な記録や、GuarneriやDelanoら最近の19世紀ユートピア研究と、Hawthorneの虚構化されたBlithedaleを比較しながら、Hawthorneにとってユートピアという概念が何を意味していたのか、また彼のユートピア(ディストピア)表象と彼の社会批判とがどのように反響しあっているのかを、The Blithedale Romance や“The New Adam and Eve”などの作品を中心に探ってみたい。

当時のユートピア思想、あるいはユートピア的な共同体建設ブームには、それ以前の欧米における終末論、千年王国論(millennialism)の隆盛も背景にあるだろう。「アメリカ史上最も有名な千年王国論者」と言われるFather Millerへの言及は、ThoreauやHawthorneら当時の作家たちにも多い。現存する世界の崩壊と、理想的な新たな世界の登場――その怖れと期待が当時のアメリカには充満していた。だがMillerの予言した世界の終わりが、結局は到来しないと分かった時、自らの手で理想社会の第一歩を築くことに関心を向け始めた人も、あるいは多かったのではないだろうか。

しかし19世紀のユートピア共同体の殆どは、様々な理由から短命で終わった。Hawthorneが当初勇んで参加したBrook Farmも、彼が数ヶ月という短い滞在のみで去った後、6年間しか続かなかったという。それから一世紀半以上が過ぎ、ソ連崩壊を経た現在、ユートピアは半ば実現不可能な夢物語と同義に扱われている。はたしてユートピアは本当に「期限切れ」となったのか、それともLewis MumfordやKrishan Kumarらが説くように、ユートピア的想像力は現在において一層必要とされつつあるのか。審判の日を経て、再び新世界に立ったHawthorneの新しいアダムとイブは、再び失楽園の憂き目に遭うのだろうか、それとも人類にとっての新しい未来を切り開くことができるのか。楽園における蛇の存在を意識せざるをえないHawthorneの目に、人や社会の「進歩」や「改善」の可能性を信じることから始まるユートピア思想は、はたしてどのように映っていたのであろうか。今回の発表では、Hawthorneがユートピアやディストピアなどに言及している作品を幾つか取り上げ、彼のユートピア表象を総合的に検証してみたい。