1. 第7室(6号館3階 C33教室)

第7室(6号館3階 C33教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
長畑 明利

1."Pity me, however, I have finished Ramona"――Emily DickinsonとHelen Hunt Jackson の書簡を読む

  朝比奈 緑 : 慶應義塾大学

村上  東

2.「叶わぬ夢のモンタージュ」――Langston HughesのMontage of a Dream Deferred におけるジャズの意義

  佐久間由梨 : 一橋大学(院)

3.自己を葬り去る語り手たち――The Locked Room を中心に

  中山麻衣子 : 愛知県立大学(非)

折島 正司

4.幻想かポストモダンか――Todorov以降の幻想文学批評の再検討

  長澤 唯史 : 椙山女学園大学



朝比奈 緑 慶應義塾大学


詩人・作家Helen Hunt Jackson(1830-1885)は、詩人Emily Dickinson(1830-1886)と同年に、同じ町マサチューセッツ州アマストに生まれた。没年もわずか一年の差で、全く同時代を生きたといえる。この二人は、アマストアカデミーでの幼ななじみであったが、ジャクソンが両親を亡くしアマストを去ってからは、全く親交がなかった。二人の人生が再び重なるのは、南北戦争後1866年の頃である。ディキンスンが「私の師」と呼び、1862年から文通を続けていたThomas Higginsonを、ジャクソンもまた「師」と選んだときである。夫と子供を亡くしたジャクソンは、ニューポートで、病気の妻と暮らしていたヒギンスンと同じ下宿屋に身を寄せたのである。そこでジャクソンは、ヒギンスンのもとへ送られていたディキンスンの詩を多く読んでいたと思われる。近年出版されたジャクソンの伝記Helen Hunt Jackson: A Literary Life (University of California Press, 2003)において、その著者Karen Phillipsは、これまで未公開であった数多くの書簡を通じて、ジャクソンとヒギンスンとの師弟関係を裏づけている。

本発表では、ヒギンスンを仲介者として、再び出会うことになった二人の間に交わされた書簡を考察したい。現存する書簡の数は、15通(ジャクソン宛6通、ディキンスン宛9通)である。またディキンスンは、少なくとも11編の詩をジャクソンに送っている。題名に引用した言葉は、1884年出版の小説『ラモーナ』を読んだことを告げたディキンスンの手紙にある。先住民族の権利保護への関心を高めるために書かれたこの小説を、ディキンスンはどのように読んだのであろうか。ディキンスンの眼に映ったアメリカは、好んで身にまとった白い服のように、先住民の影すら見えない「白い」大陸であったのであろうか。またこの言葉を受け取ったジャクソンの反応はどうであったのか。小説『ラモーナ』に託した作家ジャクソンの信念を、フィリップスの伝記を基に探り、推察してみたい。また、ディキンスンが送った詩のなかからは、とくに1879年に送られた“Before You thought of Spring”(フランクリン版1484番)をとりあげたい。ブルーバードを描写したこの詩を、ジャクソンはどのように読んだのか。当時のジャクソンの状況をふまえ、また<出版>に対する両者の態度の差異にも焦点を合わせて考察したい。ディキンスンの伝記を著わしたRichard Sewall は、かつてジャクソンをディキンスンにとっての「完璧な読者」と呼んだが、その指摘は妥当であったかどうかを最後に検証したい。


佐久間 由梨 一橋大学(院)


1920年代、ジャズエイジの幕開けとともに、人種を問わず多くの詩人たちによって、ジャズ・ポエトリーというジャンルが産み出されてきた。Selected Poems of Langston Hughes において「オリジナル・ジャズ・ポエット」と称されるラングストン・ヒューズも、紛れもなくジャズ・ポエトリーを描いた詩人の一人であると認識されている。しかしながら、一体何がジャズ・ポエトリーであるのか?という疑問に対する明確な答えはない。

本発表の主目的は、ジャズの要素を融合することによって産み出された、ラングストン・ヒューズの1951年の作品Montage of a Dream Deferred を分析することによって、ヒューズのジャズ・ポエトリーの意義を炙り出すことである。ヒューズ曰く、「ビバップのような現代のハーレムにおける詩」である Montage of a Dream Deferred は、40年代のハーレムにおいて誕生したジャズスタイルの一種であるビバップと同じ要素で出来上がっている。「モダニズムの申し子」という異名を持つビバップに特徴的であるのは、黒人性の象徴であるとされたブルースのみならず、時代の波によってハーレムに運ばれた西洋音楽、白人のポピュラー音楽、西インド諸島の音楽などとの融合によって生み出された、近代化されたメロディー、コード進行、リズムである。本発表では、ビバップの音楽的特徴に基づいた分析を行うことによって、第一にこのように複数の文化間を自由に揺らぎ、それらを吸収しながら常に変化と発展を繰り返すジャズを組み込んだヒューズの詩が、黒人性と西洋白人のモダニズムといった雑多なる要素の内部における葛藤と融合を表現していることを明らかにする。第二に、 “Dream Deferred”(遅れた夢)というタイトルに顕著であるように、複数の文化間を揺らぐジャズが、その葛藤の中で常なる変遷を行いながらも、同時に常に変わらぬ「叶わぬ夢」を抱き続けていることを明らかにする。ジャズを組み込んだヒューズの詩は、ゆえに、雑多なる文化の内部で変遷しながらも、常に終わらぬ「夢」と未来を抱くモダニズム期の黒人作家による新たなる言語表現として再解釈されるのである。


中山 麻衣子 愛知県立大学(非)


ハーレム・ルネサンス以降のアフリカ系アメリカ人の言説は、奴隷制時代、南北戦争後の解放・復興期を乗り越えながら、黒人コミュニティの間で連綿と受け継がれてきた ”the vernacular tradition(民族的伝統)”――黒人霊歌、説教、俗謡、労働歌、民話など――を、文学的装置として意識的に導入してゆく。新たなアイデンティティを求め始めた黒人たちにとって、長くアメリカ社会の傍流として顧みられることのなかった内なる伝統を掘り起こし、文学的レトリックとして復興させることは、民族の「自伝」を描くための有効な手段であったのだ。

近年、白人知識層との共謀関係を指摘され、その歴史的意義を問い直されているハーレム・ルネサンスではあるが、本発表においては、その代表的大衆詩人であるLangston Hughesの作品について、この”the vernacular tradition”のレトリックという視点から再評価してみたい。ブルース・ジャズなど、20世紀初頭に生まれた黒人音楽の手法のみならず、Hughesはアフリカ系アメリカ人の庶民たち特有のストリート・ランゲージ――俗に”signifying”などと呼ばれる――を巧みにその文学テクストに再現し、白人社会からの抑圧的言説を、如才ないユーモアで転覆してしまうのである。

“signifying”とは、黒人コミュニティ、特に若者たちを中心に親しまれてきた俗謡であり、個人的あるいは集団的な即興の脚色によって、街角で常に新しく生成されてゆくため、無限のバリエーションを持つ。その代表格は”the Signifying Monkey"であり、ずる賢いごろつきである”the Monkey”が、ジャングルの王者として君臨する”the Lion”を巧みな言語ゲームへと引き込み、第三者である”the Elephant”との争いへと導く。”the Monkey”は自ら手を汚すことなく、発話によるレトリックのみで王者をひどい目に遭わせてしまう、というのが一般的な筋書きだ。Hughesは、この”signifying”の持つ、いわば行為遂行的言説の力を借りることによって、彼の詩作品のいくつかにおいて、アフリカ系アメリカ人の言語的抵抗、また内なるアイデンティティの表象に成功している。(こうしたストリート・ランゲージの典型例と言えるのが、Ask Your Mama (1961)の一連の詩作品であり、また"signifying"の最も優れた成功例としては、"Theme for English B"(1951)が挙げられるだろう。)長い抑圧の歴史の中、他民族との対峙においてはからずも磨かれた、黒人たちの口承のレトリック――その卓越と、後の公民権運動などに与えた影響についても、触れてみたい。


長澤 唯史 椙山女学園大学


本発表では、ファンタジーやSFなど、リアリズムとは異なったスタイルや様式を持つ文学形式の再評価を通じて文学史の再構築をめざし、その前提としてNorthrop Frye以降のジャンル論の再検証を行うことを目的とする。

相対性理論や量子力学に見られる経験的現実への不信と、新たな現実世界の構築という20世紀的思考が文学の中にも見られることは周知の事実である。このような”Literature of Unreality” (Rosemary Jackson)とも呼ぶべき新たなジャンルを取り込んだ文学史・文学論の試みは、Raymond Williams, Tony Tanner, Patrick Parrinder らの論者によって、1980年代前半までは活発に行われていた。しかしその後はポストモダニズムの流行の中で、ジャンルの消滅あるいは溶解という議論に回収されていく。ところがそこから派生したのはジャンルの融合どころかジャンル内での再分化と再ジャンル化、さらに文学研究とジャンル批評の乖離、批評のジャンル化・ゲットー化とも言うべき現象であった。

最近Mark Twainなど個別の作家研究の場で、ジャンル論との再接合が試みられているものの、文学史全体の再検討といった、ある種の「野蛮さ」を伴った検討には到っていない。本発表においては、あえてその「野蛮さ」を引き受け、「非現実の文学」をあらためてジャンル論の文脈から再検証することによって、既成の文学史への新たな視座を提供することが可能かどうかを考察したい。そのためのステップとしてまずは、これまでのジャンル論の再検討とその問題点の指摘を行い、可能であればジャンル論と文学史の接合の可能性を検討する。

ジャンル論の再検討の手掛かりとして、Northrop FryeのAnatomy of Criticism (1957)が提示した批評モデルの妥当性を、Christine Brook-Roseなどの議論をもとに検証する。その上でフライの曖昧さを補正しようとしたTzvetan TodorovのThe Fantastic (1970)からRosemary JacksonのFantasy (1981)までの幻想文学論の功績とその限界を明らかにする。さらにこうした作業を通じて見えてくるであろう、「ロー・ファンタジー」と「ハイ・ファンタジー」の区分の重要性と、主流文学とジャンル文学の区分との密接な関連、そこに垣間見える新たな文学史の可能性も指摘したい。