1. 黒人口承文学におけるヴァナキュラーなアイデンティティ表象――Langston Hughes, Gwendolyn Brooksからヒップ・ホップまで

黒人口承文学におけるヴァナキュラーなアイデンティティ表象――Langston Hughes, Gwendolyn Brooksからヒップ・ホップまで

愛知県立大学(非常勤) 中山 麻衣子


ハーレムルネサンス以降、アフリカ系アメリカ人による「ヴァナキュラーの伝統」(=黒人霊歌、ゴスペル、労働歌、ブルース、ジャズ、黒人説教、民話、俗謡、そしてヒップ・ホップなど)は、アフリカ系アメリカ人による表象行為において、主流社会への同化を迫られながらも巧みに抵抗し、常にヘテロジニアスなダイナミズムを生み出すものとして、様々な黒人作家によって意識的に導入されてきた。特にLangston Hughesは、黒人庶民たちの"ordinary speech"(=「シグニファイイング」などに代表される黒人特有の言語遊戯あるいは俗謡、ストリート・トーク)の中に、アフリカ系アメリカ人としての経験を語り継ぐ文学装置を見出した、もっとも初期の作家の一人である。

本発表においては、Hughesに始まる黒人口承文学の伝統を、Nikki Giovanni 、Gwendolyn Brooksなどによる詩作品、そして現代のヒップ・ホップヴァースの中に追ってゆきたい。Giovanniが、70年代のブラック・パワー運動以来、扇情的・大衆的な口語による詩を書き続け、現在のヒップ・ホップアーティストたちからも大きなリスペクトを受ける一方、主に白人知識層からの支持を受けたBrooksは、次第にソネットなどの"grand style"にヴァナキュラーな"ordinary speech"を滑り込ませ、新しいハイブリッドな黒人詩を生み出すことに挑戦する。このような、既存の文化的表象に対する黒人アーティストたちの抵抗は、現代のヒップ・ホップにおける常套手段である「サンプリング」(=既存のメジャーな楽曲を一部解体・コピーしつつ、全く新しいインパクトを持つ別の作品に再構築する手法)にも受け継がれていると言える。黒人口承文学は、白人主流文化に対し自由な「語り直し」を挑むことによって、その権力構造を揺るがすレトリックとなりうるのだ。

ディアスポラの経験ゆえに、アフリカ系アメリカ人の文化表象・アイデンティティ表象は、常に流動し続ける。作家と黒人コミュニティとの間にはいわば絶え間ないコール・アンド・レスポンスが行き交い、ボトムアップ式な突き上げを柔軟に取り込むことによって、常にその領域・境界線を押し広げるのである。