1. 1.Mary Oliverの「流動詩」

1.Mary Oliverの「流動詩」

東 雄一郎 駒澤大学


American Primitive (1983)でピュリッツァー賞を受けたMary Oliver(1935-)は、オハイオ州メイプルハイツの豊かな自然の中に生まれ育った。彼女は現代一流の自然詩人である。「私はもう一度完全な野生に戻りたい」(“One Meeting”)。「死が訪れたら、私は言いたい、一生涯/私は驚きと結ばれた花嫁であった/その世界をこの両腕の中へ招き入れる花婿であったと」(“When Death Comes”)。このように彼女は、「象徴的イメジャリーの巨大な宝庫」( A Poetry Handbook )である自然への恍惚的な愛情を率直に表明する。自然の躍動、驚異、美、獰猛さ、恐怖、安らぎなどを詩に歌う彼女にとって、「自然は精神の象徴なのである」(EmersonのNature )。Long Life: Essays and Other Writings (2004)で「再三私たちは、蝶の中に超絶の観念を見る(中略)絶え間なく還流する水に私たちは永遠を経験する」と陳述するOliverは、自然界の新奇で不可視的なものを直感し、それを顕現的な表象へと変容させる超絶主義的な詩人でもある。Blue Pastures (1995)に語っているが、彼女の精神の最愛の兄は、幻視的な逍遥詩人Whitmanである。彼女の多くの詩は、写真家Molly Malone Cook(2005年8月死去)と共に永く暮らしたプロヴィンスタウン周辺の毎日の散歩から創作された。詩人Maxine Kumin (1925-)は、小湖ウォールデンの自然観察と思索の生活者Thoreauと結びつけ、Oliverを「湿地の巡察者」と呼んでいる。

Oliverは、感情喚起的で精緻なイメジャリーと簡明な言葉を駆使し、自由詩と定型詩を連携させる。The Rules for the Dance (1998)で「詩はことごとく音楽である」と言明しているが、彼女にとっての詩は、「韻律的な歓喜」を付与する「音楽」である。彼女はこの自分の詩を「流動詩」(または「有機詩」)と呼んでいる。深い内面経験を解明する彼女の「流動詩」は、BlyやJames Wrightのdeep imageの瞑想的な技法を踏襲している(その先駆者はEmily Dickinson)。彼女の「流動詩」は、より自由で普遍的な「野生」の法則を読者の周囲と内面に確立させ、現実の自然界には存在しない「真四角の卵」や「新色の花」などの想像的な記憶を提供する。この非存在の夢幻的な創造願望は、現代の抒情的な自然詩が、その源泉である自然界(「象徴的なイメジャリーの巨大な宝庫」)との幸福な共生を経験できない、という現実の悲劇に由来している。彼女の詩の孤独な話者は、移ろいやすい自己の流動性を認識し、不動の存在(例えば大地や石や沼地の泥など)との無意識的な合一に憧れている。