1. 3.クレオールからみたアメリカ合衆国― Tar Baby と Praisesong for the Widow をめぐって

3.クレオールからみたアメリカ合衆国― Tar Baby と Praisesong for the Widow をめぐって

阿部 暁帆 成蹊大学(院)


Tar Baby (1981)と Praisesong for the Widow (1983)は、それぞれToni Morrisonと Paule Marshallという、アフリカ系アメリカ人女性作家によって、ともに80年代初頭に発表された作品であり、この二つの間には多くの類似点が見いだされる。両作品のモチーフに千里眼的要素を含んだ奴隷制時代の伝説が用いられていることは、すでに指摘されているところであるが、脱船や下船から始まる冒頭部分や、導き手としてのやJosephの存在など、そのほかにも随所にみられる。

しかしながら、もっとも顕著であり注目すべき共通項は、作品の主な舞台がカリブ地域に設定されているということである。双方の作品とも、アメリカ国内からカリブ地域へと舞台を移動させることによって、各登場人物に、ある契機を与えることで、プロットが成り立っている。Tar Baby では、アメリカ国内においては立場の違いから出会うはずもなかったSonとJadineが、偶然にもカリブの島で出会い惹かれあうなかで、自己の属する社会を再認識することとなり、また Praisesong for the Widow  においてAveyは、グレナダのキャリアークー島に今なお残る、アフリカから来た人々の連帯意識や祖先との繋がり、文化伝承などを通して、アイデンティティーを取り戻すこととなる。SonとJadineが、カリブからアメリカ合衆国へと戻った途端、互いに自分の属するコミュニティへの依拠を主張して不和となる結末や、Aveyらが経済的な成功を収め中産階級の地位を確立した一方で、ハーレムを捨てるとともに文化伝統を喪失するといったストーリーには、いずれも、アメリカ国内におけるアフリカ系アメリカ人の人生の選択手段が、二者択一という限られた状況にあるという局面が見え隠れしている。つまり、二人の筆者は、アフリカ系アメリカ人の主人公に対してアメリカ合衆国と一定の距離を保たせ、カリブ地域の慣習を引き合いに出すことによって、アメリカ国内において現代のアフリカ系アメリカ人が直面する課題を鮮明にしたと言えるのではないだろうか。

カリブ地域に関して「クレオール性(クレオリテ)」の提唱者の一人であるJean は、カリブの島々という限られた地域でのプランテーション経営が、結果としてクレオール文化を生んだのであり、アメリカ合衆国におけるエスニック間の混淆が、とりわけアフリカ系アメリカ人にはあてはまらないことを指摘している。つまり、三浦信孝が指摘しているように、大陸であるアメリカ合衆国ではカリブの「クレオール・モデル」の段階までには至っておらず、そこには「差異主義的人種主義」という障壁があるということを、両作品は示唆していると言えるのである。

本発表では、二つの作品について、カリブ地域におけるSonやJadine、そしてAveyとカリブの島の人々との関係を中心に考察するとともに、彼らのアメリカ合衆国における心理描写とも比較しながら、先に述べた問題について分析する。