1. 3.ニヒリズムの完成―Richard Wright の The Outsider

3.ニヒリズムの完成―Richard Wright の The Outsider

竹内 美佳子 慶應義塾大学


Richard Wright (1908-60) は、第二長編小説 The Outsider (1953) において自然主義的枠組みを離れ、人種問題を超えた焦点を鮮明化することで、「抗議小説」からの転換を行った。殺人は二人の登場人物で十分との思いから、Bigger Thomasの処刑を前に Native Son (1940) に終止符を打ったWright が、The Outsider において、主人公の銃殺を含め累々と築いてみせた死体の山は、何を意味するであろうか。Wrightが主人公の殺意を、時代の暗喩として争点化していることを読み解きたい。

連続殺人犯Cross Damonの憎悪の矛先は、絶対的「真理」によって他者を誘惑し、自己の世界像を他者に共有させようと企む諸般の態度に向けられる。自身の冷酷な観念的論理に駆られるままに、一連の最終決着をつけてゆく彼は、反動的な権力意志に対する批判自体が、反動化してしまうことへの絶望に行き着かざるを得ない。暴力の連鎖を生み出す主人公の自家撞着は、反動的な力の勝利を意味するものであり、Damonは、人間の諸々の転変の中に自身の力と質とを保有し続けるニヒリズム/否定的精神としての悪魔の表象であるとも言える。自己の価値を計れる「恐るべき責任」を求めて潔白を自認するDamonの在りようは、深南部の人種テロリズム、共産党の組織的抑圧、マッカーシズム下の国家機関による圧力を通じて、権力の諸相と向き合ってきた著者の発する警鐘でもある。

Wrightは、Damonを追及するニューヨーク地方検事Ely Houstonに、法権力の代表者を超えたもう一人のアウトサイダーとして、主人公の鏡像的役割を担わせている。Houstonが犯人特定に至る決め手の一つは、Damonの蔵書に含まれる「危険な」哲学書(=“guilty thoughts”)であった。「思想なるもの自体が疑わしいという思想以外もち合わせていない」と豪語するDamonを、最終的に不起訴放免とすることによってHoustonは、被疑者のうちに見出した「誤読」を告発したとも考えられる。果たされぬ約束の等価物としての刑罰を迂回したことにより、「無責任な者」になり得なかったというパラドックスこそ、Damonの体現する悲劇ではないか。主人公の完全犯罪と死とが提示する問いを、Wrightの生きた時代状況と、作品の最終章に掲げられたNietzscheの引用に照らして考察したい。