1. 2.相対化される悲劇― Light in August の Joe Christmas をめぐって

2.相対化される悲劇― Light in August の Joe Christmas をめぐって

横溝 仁 中央大学(院)


William Faulknerは Light in August (1932)においてJoe Christmasの人種意識の遍歴を、噂話などを織り交ぜた虚実入り混じる複雑な物語形式を通して描き出している。Alfred Kazin、 Cleanth Brooks、などの先行批評を参照すると、主にJoe Christmasは否定的、受動的存在として解され、たとえ肯定的な側面が指摘されたとしても、最終的には悲劇的主人公として結論付けられてきた。Christmasが人種規範の支配下で自らの人種的アイデンティティを同定できないまま、「白人性」と「黒人性」の狭間で葛藤し、最終的に人種規範の下で「黒人」として処刑されるという解釈である。しかし、こうした読みは一面的な解釈に過ぎない。本論では、James Sneadの Light in August 論、Judith Butlerの Gender Trouble (1990)を参照しつつ、Christmasの人生を「人種規範」、「言葉の力」、「共同体の反応」という視点から読み直し、Christmasの新たな側面を指摘するとともに、最終的にChristmasの悲劇の相対化を試みたい。

Christmasは、白人孤児院での幼少期、他者によって繰り返し発せられた“nigger”という言葉を通して自らのうちに「黒人性」を内面化し、人種的に不確定な人物となる。紆余曲折の後、ChristmasはJoe Brownの告げ口と町人の噂話を経て「Joe Christmasは白人女性Joanna Burdenを殺した黒人強姦魔だ」という致命的な状況へと追い込まれ、最終的に白人至上主義者のPercy Grimmによって「黒人」として殺害される。こうした一連の過程に注目すると、Christmasは人種主義、他者の言葉、告げ口、噂話、端的にいえば「人種規範」と「言葉の力」に支配されてきたといえる。この点において、Christmasは自己の人種的アイデンティティを同定できず、「人種規範」と「言葉の力」に翻弄される悲劇的な存在として解釈できるだろう。

しかし、Joanna Burden殺害後、Christmasが町へ戻ってゆく過程に注目すると、Christmasの人種的不確定性は、町の人々の視点において、Christmasの人種的匿名性として浮かび上がり、この人種的匿名性は町の人々のステレオタイプな人種観に収まらず、かれらの人種的アイデンティティを脅かすことになる。このとき、Christmasは単に「人種規範」、「言葉の力」に翻弄される悲劇的な存在というよりは、むしろ町の人々の人種的アイデンティティを揺るがす脅威的存在として浮かび上がってくる。脅威的存在としてのChristmasは町の人々の恐怖(fear) ――人種的アイデンティティの不安定化という恐怖―― をあおり、いっぽう、町の人々はその恐怖から逃れたいという欲望に駆られ、その欲望は、共同体を代表するPercy Grimmによる「象徴的リンチ」としてのChristmas殺害として具現化する。Christmasは町人の期待、町の人種規範に合致した形で「黒人」として処刑されてゆくが、その死の場面に注目すると 、町の人々の人種的アイデンティティを揺るがすようなChristmasの脅威的存在性が町の記憶に残ってゆくことが示唆される。

Joe Christmasとは単に「人種規範」や「言葉の力」に翻弄される悲劇的存在ではなく、町の人々に人種的アイデンティティの不安定化という恐怖を突きつけるような脅威的存在として読み取れるのである。結果として、Joe Christmasの悲劇は相対的に町人の悲劇として浮かびあがってくる。Joe Christmasの存在性が町人の悲劇、つまり、町の人々がその人種主義によって自ら人種的アイデンティティの不安定化へと陥る悲劇を可視化するのである。